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連載《教え子16~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》

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 塾の教室で、二人だけの空間で、彩子がキスをせがんできたのに正直カーッと血が上ってきた。
 咄嗟に入口のドアに付いているガラスを見やった。次に窓の外を窺った。
 今の時間帯は、他の講師陣は面談を各教室で行っており、塾長は塾長室で夏期講習の時間割作りに没頭している。だから、外からこの教室をガラス越しに見る人はいないに相違ない。しかし、面談を終えた講師や保護者・生徒が通りがかってチラ見する可能性はゼロではないし、気分転換に塾長が面談の様子を巡回しに来る可能性だってある。窓からは隣のビルのすりガラスしか見えない。

 俺は彩子を見ることもできず、ただ赤面してドアのガラスと窓ガラスを往復し、やっべえと思いながら天井を仰いだ。勤めて冷静に、
「チューって、なんだよ」
 と言った。
 相手は担任している教え子だし、ここは教室だし、俺は担任の講師だし、ありえない生徒からのおねだりだし、結論ははっきりしているんだ。
「何言ってんだ、バカ野郎!今は進路の相談だろう、ふざけんな!」
 と言うのが普通だし、講師の分際をわきまえている分別ある態度である。それが言えなかった。
「だから、チューだってばあ」
 と、尚も、彩子が肩を揺すらせておねだりを続ける。この子はこの状況がわかって言っているのか、わかっていなくて言っているのか。

 もう勘弁ならなかった。
「0.5秒だけだぞ」
 情けねえ。0.5秒ってなんだよ。お前だって、したくてしたくてたまんなかったんじゃねえか。
 チラッと彩子を見たら、顔をクシャッとして右手を握って口に当てていた。

「はい、じゃあ、今日の進路面談はこれでおしまいにします」
「ええ? チューは?」
「声がデカい」
 俺は無視して、ドアのごく近い所でかつドアガラスから完全に死角になる教室の角へ彩子を連れ出し四隅にドンとつかせ、顎をクイっと上げて、唇を静かにあてた。
 彩子は最初予期せぬ俺の行動に驚いていたが、両肩に置いた手の力が次第に抜けていくのがわかった。

 唇を離すと、
「先生ずるいー」
「え?なんで?」
「0.5秒って言ってたじゃん」
「そ、そうだな、時間超過だな」
「も一回、お願い」
「しかたねえなー」

 今度は、腕を腰に回して抱き上げるようにキスをした。彩子はそれにこたえるように下から腕を肩甲骨に回してきた。

 トントントン。

 飛び上がるほど驚いた。

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