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受付嬢京子の日常⑨~定義の違い

「ドライトマト売ってるお店はあるかしら?」

雑誌から飛び出してきたような女性がインフォメーションに現れる。受付嬢原田京子は隣に立つ沢木佳奈が応対しているのをさりげなく見守る。佳奈は、エキモの中にあるドライナッツのお店を紹介していた。訪ねてきた女性はTシャツなのに、全身が上品に見える。京子と佳奈が働くエキモは1日3万人が利用する施設だ。直結の駅は毎日12万人が利用する主要駅だ。利用客の振り幅が大きい。京子はその振り幅を楽しんでいた。

Tシャツなのに上品に見えるのは何故だろう、と女性を見る。不躾にならないように気をつけて見る。アクセサリーはすこし大きめ。でも金属部分は華奢なライン。髪は艶がある。Tシャツの袖から出ている腕は白く、手首にも華奢なブレスレッド。足元のヒールが高い。バックは小ぶりで明るいグレー。

「ありがとう」

笑顔もモデルのようだ。実は本当にモデルなのかもしれない、と京子は思う。店に向かう後ろ姿を、京子は見送るふりをして見続ける。

色だ。使っている色が少ないから上品に見えるのかもしれない。そう思い当たると京子はデスクに戻った。

「先程のお客様、パスタを作るのに、ドライトマトを使うそうです。得意なんですっておっしゃるから、私もパスタ好きなので、使い方聞いちゃいました」

佳奈が嬉しそうに言う。あぁ、可愛い。京子は佳奈の仕草が好きだ。両手を合わせて嬉しそうにしている。ほのぼのとした気持ちになる。

「得意料理がパスタとかって言ってる時点で大して料理してない人じゃないですか?」

着替えから出てきたばかりの片岡聖奈が言う。

「なんで?」

「パスタなんて誰でもできるじゃないですか」

聖奈は馬鹿にするような話し方をする。話に入りたくない、と京子は思う。

「そんなことないですよ。結構奥深いんです」

佳奈が言うと、聖奈が鼻で笑う。同じ時期に派遣会社から来たのに、あまり仲良くする気はないらしい。ただ仲良く、穏やかにインフォメーションで働いていたかったのに、なんでこんな会話をしていなきゃいけないんだろう、と聖奈が来てから思うようになった。

聖奈のことは好きでも嫌いでもない。京子はそう思っている。気になることもある。例えば、職場にへそ出しのTシャツ、マイクロミニスカート、厚底サンダルで平気で出勤するところ。インフォメーションの後ろが着替える場所になっているから、気になってしまう。

「お店のパスタが美味しいけど、家で作れたらいいよね」

リーダーが聖奈が出てきたドアから出てきた。リーダーの横から、もう1人、ボブの黒髪の女性が続く。今日から派遣された子だろう。3日前からリーダーの斎藤友美が研修だと言っていた、と京子は思い出す。

「今日から一緒に働く髙橋さん。みんなよろしくね。」

背が高いな、と京子は思う。160センチは超えている。姿勢がいいのが印象的だ。

「髙橋萌です。よろしくお願いします」

「じゃぁ、京子ちゃん達は1番行ってね」

1番はエキモの昼休憩の隠語だ。パスタの会話から解放されてほっとする。どんなに嫌でも、雰囲気で合わせないと、仕事でもギスギスしてしまう。2人1組が基本のシフトで、それは困る、と京子は自分に言い聞かせた。顔に出ていなかっただろうか。考えながら、休憩室へ向かう。

「お疲れ様です」

声から、ニコニコしている。吉田さんだ、と京子は顔をあげる。やっぱりニコニコしている。不安な時に会うと安心する。大丈夫、と言う気持ちになる。あと1か月するとリーダーがいなくなる。京子はその不安をいつまでも拭えずにいる。そのせいで、聖奈のことも気になるのだと、考えている。不安をどう解消すればいいのかわからない。派遣会社の月に1回の面談で話してみた。「一番慣れているのは原田さんだし、大きなトラブルも今までないから大丈夫」と言われても「何が?」としか言いようがなかった。最終的にはどうしても嫌なら別の働く先見つけるから、と言われて、黙った。京子はエキモで、今まで通りの環境がいいのだ。別の店に行きたいわけじゃない。

「吉田さん、あの件どうなりました」

横からマネージャーの木嶋の声がする。

「あ、もう提出しましたよ、田中さんに。ご確認よろしくお願いします」

吉田は会釈して店舗のエリアに戻っていく。笑顔、元気、にさわやか、もつけようか。京子は吉田の見たことがない雰囲気をまた見てしまった、と思う。木嶋と話す吉田は、体育会系の雰囲気があった。高校の女子バレー部の子とかあんな感じだったなぁ。休憩室の椅子に座ると、京子は佳奈とのおしゃべりに意識を戻した。

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