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葛飾のいじめについて

先日Twitterのリツイートで
回ってきた動画を観ました。

中学生3年生の女の子が
同級生とみられる少年から殴られたり蹴られたり
首を絞められたり
挙げ句の果てにズボンとパンツを脱がされて
性行為までされるという内容でした。

しかも1対1では無く、
周りには同級生とみられる少年少女達が居て
その内の主犯格らしき女の子は
動画を10分ほどその風景を撮影していたそうです。

世の中には

いじめる方が悪い

と述べる人と

いじめられる方にも問題がある

と述べる人がいます。

私自身はいじめられた経験が無く
いじめた経験も無く
傍観者になった経験もありません。

(自覚していないだけかも知れないですが。。。)

私は昔から厨二病が強すぎて
頭の中がメルヘンの世界に住んでいたので
いじめている子ともいじめられてる子とも
仲良くしてました。

なのでいじめている子も私の見ている前では
その子をいじめなかったし
いじめられている子も私には
いじめられている素ぶりは無く
普通に接していました。

いじめている人の心理としては
2つあると思います。

1.いじめられている人の気持ちは
そこまで考えてなく、

「その空間、その時間をただ楽しめればいい」

2.自分がいじめられない為にはいじめるしかない

この2つだと思います。

傍観者の心理はいじめている人の心理の②と似ていて

「ただ見て笑っているだけで自分は安全」

です。

仮にいじめられている人であったとしても

他にいじめの対象がいけば自分は
いじめている側か傍観者側のどちらかに着きます。

このサイクルは永遠と続くため

いじめはなくなりません。

冒頭に述べた私がいじめられなかった理由は

極端に自分の世界観を貫いた

からと考えています。

仮に私がいじめられていたとしても

はたから見ればそれは「いじめ」でも
本人がそれを「いじめ」と認識しなければ
それはいじめでは無く、

そもそもいじめてもリアクションが
面白くなければいじめが続く事はありません。

しかし他人が面白くても自分が面白くなければ

そこに協力する必要もありません。

最悪の場合その空間を抜ければ良いだけです。

正直その空間を抜けても生きて行く事は可能です。

話が少しそれてしまったのですが

・一人一人が自分はいじめをしないと決める
・もしいじめられた場合はその空間からはなれる
・傍観者になりそうだと感じた場合はいじめられている人と仲良くする

この3つを全員がする事でいじめは
無くなるのでは無いかと考えています。

とは言えいじめは無くならないのが
現実だと思うので

いじめを根絶する

では無く

どういじめと付き合うか

を重視して考える事がもっとも
いじめに左右されず
自分が自分らしく生きれる方法なのかな
と私は考えます。

#いじめ #葛飾 #中学生 #自己肯定 #自信 #毎日更新 #毎日投稿 #毎日note




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