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OMOTESANDO/BABY/BLUES

7月下旬に表参道の美容室でかけてもらった縮毛矯正は、実際、あんまりかかってないのだった。

でも、ふわっとした感じのパーマみたいに捉えれば、いい感じかもしれない。だけど、もともとが癖っ毛の僕は、完全まっすぐなのがよかったのだ。そして、僕自身が確かに「ぺたっとなりすぎないようにしてください」みたいな余計なことを言ってしまったのも事実なのである。

それまでその美容室では、何回かカットとか水素トリートメントとかをしてもらっていた。その美容師の物静かなお姉さんは妊娠中で、8月いっぱいで美容院を辞める。だから、「お会いするのがきょうで最後になってしまいますね・・」と言ってくれた。その日はもうすでに、働くのがしんどそうだった。8月いっぱいまでほんとうに勤めるのだろうか。

いつもはそのお姉さんと二人だけだったので、小さな店だし、静かで落ち着いた。でも、その7月下旬の日は、もう一人の美容師のお姉さんがいて、その人がかなり大きな声でお客さんと話していて、その内容も品がなく、僕は参ってしまった。お客さんに「美人ですね!芸能やってないんですか?」とか。芸能人の名前を呼び捨てで言ったり。

大体、同僚が妊娠中なのに、なんでもっと静かにできないんだろうか。僕が最初にこの美容室に行ったとき、あっちのうるさい美容師の人が担当にならなくてよかった。



僕はその7月下旬の日に、去り際に手を合わせて、「赤ちゃん、お祈りしてます♡」と言って階段を降りていったシティボーイ(シティガール)だった。

だから、「縮毛矯正かかってません」と連絡することなどできない。安産祈願のエンゼルパワーを送った者として、そんなことは言えないのである。

表参道の参道は、産道に通ず。新しい命に光あれ。


僕自身は、子供を産むこともできないし、母親にも父親にもなれない。普通の家庭を知らないから、母親と父親を永遠に求めているところもある。そうした僕は普通の規範から外れる。そして僕自身がずっと童の姿で、都市を彷徨っている。ステージで芸能や芸術をするときに僕は世界と交わることができる。日常というものの質や色合いが多くの人とは異なる。だから、あの静かでおっとりした美容師さんが好きだった。あの美容師さんは僕に優しくしてくれた。きっと、安産だ。僕のあんまりまっすぐじゃない髪が保証する。


僕はこの世界では、あくまで、《裏》の人間に過ぎない。表の参道を抜け、渋い谷に降りる。


ああ、また寂しいな。カラダが重たいな。人々は風景のよう。みんな誰かといる。また雨が降ればいい。僕はこの先どんなに幸せになっても、同じ顔をしているだろう。



れいゆ大學❸❾ OMOTESANDO/BABY/BLUES

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