殺さず死なず、不幸な事故でも犯罪でもなく

実家が背負った借金でどうしようもなくなって、父は暴れて、私ももう血が出ても痛みを感じなくて(手が濡れてると思ったら血だらけだった)、もうダメだお前ら全員死ねって思って家を出た。
あっという間に400万円くらいの資金調達をした。田舎の学歴もない若者がどうやって?話は簡単だ、奨学金だ。

そうやって家を出たけれど、また電話がかかってきた。
明日までに50万払わないと家を取られる。
その時、逃げ切れなかったんだと思った。

そこから、3年ほどで、実家に年商1000万円をこえる事業をひとつ遠隔操作でぶちたてる事ができた。

1000万は小さな数字だ。でも借金で首が回らない状態で元手ゼロでやったのだ。テレビにも出たし、検索キーワードランキングの上位にも載った。
その後、台湾にも飛び火し、中国語になったのでウェイボーに飛んで、しばらく後にはアメリカのYouTuberやらに拡散された(この時点ではもう関わっていない)。

私がそれをやり遂げた事は、誰も知らない。
(いくにんかは、知っているけれど)

そういう事ができるようになるには、つまり誰かから注目されるには、通り魔とかひどい事故とか犯罪とか、もっと言えば誰かを殺すか自分が死ぬかくらいしなければダメだと思っていた。

でもそれをしないでも、できた。

大学もいけず(受験さえしなかった)、モテないしおしゃれじゃないし、友達もあんまりいないし、教室の隅っこで本を読んでいるだけだった私がこれを成し遂げた事を、もし同級生たちが知ったらどう思うだろうか。
ちょっとだけ、復讐を遂げた気になって、ちょっとだけ気分がよかった。
つまらない過去のコンプレックスを、ちょっとだけ取り戻した。

その後、結局作っていたビジネスは途中で弟に丸ごと持っていかれてしまって、ショップマネージャーのパスワードを勝手に変えられ、私名義での権利はひとつもなくすべて母の名前で申請していたため、名義上も完全に私は存在しない人になってしまって、そうやってまた実家から追い出された。
(文字にするとひどい話だな…)

なんてこった、もう少し作りこんでから中小企業にブランドごと買い取ってもらおうと思っていたのに!!!

バカじゃないの、これじゃあお金が欲しかったら永遠に商品を自分で作らないといけない事になるじゃないか!
私は借金を返すのが目的で、そのほかの事なんかどうでもよかった。
突然の事に、うちに顔を出さない、私に会いに来る事もない親戚が来たり、誰かわからない人に嫌がらせや妨害を受けたり(たぶん知っている人だ)したけど、それがなんだ。そうやって、東京にいながら、田舎の為に走り回っていたが、田舎ではその場にいて手を動かしていないと仕事をしているとは認められない感性が満ち溢れていて「なにも働きもしないくせに!」と実家から切られた。最初から実家から金が回ってくるとは思っていなかったけど。

結局、私は実家にお金が欲しけりゃお菓子を作り続けなくてはいけないという呪いをかけて家を去った。呪いを解く方法まで準備していたのに、私を切った事で、家族は呪いだけが強くかかってしまった。目先のお金の恐ろしさよ。
私の魔術も未熟であった……。呪いはかける事と解くことが両方できなくてはいけないのだ。

お金がもらえないのに、お金を生み出す仕組みを作りださなくてはいけない。
アプリ作りとかそういう技能はない。
なら、なにができるか?言っておくけど、金は3000円くらいしかないぞ。
そういう中からビジネスと呼べるくらいのものを作りだせた。
殺しも死にもせず、犯罪でも不幸な事故でもなく、人々の注目を集めた。

今でいうバズマーケティングの走りみたいなことをやっていたという事です。
ちょうどSNS黎明期で。

誰もいない、前例がない、今見るととても未熟な事だったけれど。

それでも私はまだ道半ばだけど、必要な第一段階をやり遂げたと、静かに誇りに思った。
ちょうどその時二足のわらじで働いていた志村三丁目の現場からの帰りに巣鴨駅で乗り換える時にアトレのタリーズだったか、パン屋のイートインコーナーだったかで、そんな事を思った。

殺さず死なず、不幸な事故でも犯罪でもなく。

やっと自分にも力はあると思えた。
それまでは、そんな事でしか人の注目を集められない人間だと思っていた。
そんな事はなかったんだけど、そういうふうに思っていた。
借金という非常事態によって、それを覆すための、人生のスクランブル出動をやり遂げた。戦闘機なんか乗ったことなかったけど、飛ばさなきゃ死ぬし、撃ち落とさなきゃ死ぬし、着陸方法なんか知らないけど行かなきゃいけなかった。

まあ、結果着陸に失敗して大破したんだけどね。
ギリでパラシュート脱出はできたっぽい。

殺さず死なず、不幸な事故でも犯罪でもなく。
目は据わっていても、正気で。腹を据えて、今日死ぬか明日死ぬかを問われたら断固として明日死ぬと答え続ける。
そんな日々で、失ったものと得たものとがあったが、着地は大破だ。

でも、放り出された原野に、また風は吹く。

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つよく生きていきたい。