シンデレラは図太い女

一時期シンデレラ体重なる物がTwitterを騒がせておりましたが。

本当のシンデレラの意味を、みんな誤解しているのだ。
儚くて美しい(=うすっぺらい)イメージと、今まで冴えなかったのに魔法で変身して王子様に見初められるメタモルフォーゼの輝きに目をくらまされているのだ。

本当のシンデレラはそんなものではない。

虐待されていた若い娘が、どうしても舞踏会にいきたいと悔しさに涙を流す。そこに現れたこの世のものならざる者と平気で契約する手段の選ばなさ。
追いつめられた人間の狂気そのものです。

それどころか、日々虐待を受け、見た目を馬鹿にされて「ブス」「汚い」と言われていた娘が、平気でゴージャスドレスを当然のように着て、当然のように舞踏会に参戦。
普通ね、毎日ブスと言われた娘はきれいな服を着る事を自ら拒否するものです。

挙句に、セレブのトップと平然と踊って、ハートをゲット。
なんというか、今で言うなら「私もスケート靴はいたから、羽生結弦のエキシビジョンのリンクにいくー」みたいな。観客席でさえない。
リンク!
オンアイス!
ビューティフルなドレス(=スケート靴)を着ていればそれだけで参加権があると思っている面の皮の厚さ!

確かに、彼女は無知だったのかもしれない。
別に王子様がそんなすごい人だと知らなかったとか、ただただ舞踏会にいけた事が幸せだった無知で愚かな女だったのかもしれない。
だとしても、この話はそういう事じゃないんですよ。

虐待された娘がそれでも自尊心を失わず、大舞台に突入していった話です。
ついでに、そのためには手段を択ばなかったという話です。

女の子には誰にも魔法が……?

でもそれは結果がうまくいったからよかったようなものの、現代ではねずみ講とか極悪エステとかだから気を付けて。

貧困ビジネスの原形がみえてくるようじゃありませんか!

あの女がクソ図太かったのは、もともとの気位の高さもあったと思います。そして状況がその気位の高さをへし折ることができなかった。
毎日下働きをさせられて、灰かぶり、汚い、ブスとよばれても、めげなかった。

それは「お義母さまはそうおっしゃるけど、確かに汚い恰好をしているから仕方ないわ」くらいの、自分自身は美人だけど恰好が汚いだけだと自分と環境を切り離せていたのだろうし、「お義母さまはそういう事を仰る人」であって自分が美人という事とは別の事として彼女の中に存在していたのだと思われる。
(美人というのは、単純にわかりやすい指標として使っています)

自分と環境を切り離して考えることができると、自尊心のようなものはほぼ傷つくことがない。

だけどそれは特に幼いものにとってはむずかしい。
一体化した精神が最初にあって、そこから成長と共に分離を果たしていくのだから。発達心理学などはそこのステップを詳しく調べている学問で、とっても面白かった。
最初は自分と他人どころか、モノとの区別もあまりついていない。「どうしてこんなに汚したの!」と怒られると自分が汚れて汚いものだと母親からなじられている気持ちになってすごくすごく悲しくなってしまう。そういう感覚からスタートしている。

なので、シンデレラはきっちりと精神の発達を完了させて、自分と他人や環境は別物であるとはっきりと自覚していたのだ。
(これがうまくできないと発達障害と呼ばれる状況になっていく)

だからその後にひどい虐待を受けても、そのことに苦しむことはあっても自分が惨めであるとは全然思っていなかった。

ただこれが、若く美しいうちだからよかったのではないかという説もあるかもしれない。
舞踏会が開かれたタイミング、しかも嫁を探す年頃のプリンスがいたから、シンデレラは助かった。
もしこれが、40歳になってからだったらどうだろう。
10代からずっと、30年以上も下働きに押し込められていたら、それでも彼女はセレブのトップを射落とす魔力を発揮できただろうか?

つくづく、現代になってよかったなって思うのはそういう時だ。

現代において女性たちは、プリンスに見初めてもらうために命をかける必要はなくなった。自分で働いてもよくなったし、結婚しないからって人権が与えられないなんて事もなくなった。
もはや結婚で一発逆転を狙う必要はない。

バリバリのキャリアウーマンになったシンデレラに、フェアリーゴッドマザーが「あの時さーあんたを舞踏会に送り込んだのに、なんで結婚しなかったのよー。私あんたが結婚するとこ見たかったわー」とか言ってくるのも見てみたい。
多分、ビューティフルに着飾ってお城に行ったシンデレラは「ここで働きます!」と面接を申し込んで、お城で高い地位をゲットしてしまったのではなかろうか。
「今でも社長(プリンス)はあんたの事好きだと思うんだけどなー」
「うーーん、そうだとしてもさー、現状でお立場を変えられないんじゃ結局結婚しても改善は見込めなくない?」
「そりゃそうだけど」
「まあ、ご家庭を持っていただくのも大事かもしれないけど、それとビジネスはまた別じゃん?子供に世襲させるわけでもないんだしこのご時世」
「ぶっちゃけ社長の事どう思うの」
「認めてもらってほんとにありがたいと思ってる。尊敬もしてるし支えていくつもり。それが許される範囲でね」
「誰が許すのさ」
「えー」
「もー結婚してあげなよー?ね?今さら中年カップルの事なんて誰も気にしないから!」
「えーーー」
食い下がるフェアリーゴッドマザー。こちらもプライドがありそうだ。

シンデレラのすばらしさは、自尊心を他に寄らずきちんと持っていた事だ。

それもほかの感情を押し殺して形だけの誇りを振る舞ってみるのではなく、自然体で持っていた事だ。
ベッドさえなく灰だらけの暖炉の前で眠る虐待をされていたのに、ツラい苦しいという感情もちゃんと持ちつつ、自尊心が失われなかったことだ。

これが本当の自立という事だと思う。
経済的とか、一人暮らしができるとか、そういう表の事ではなくて、たとえ虐待されていても保てるものなのだ。要介護状態や、植物状態になったとしても、おそらく、存在し得る。

同時に、この自尊心はさっさと手放してしまう人も少なくない。
きつい状態にある時は、未成熟な自尊心との折り合いがつかないからだ。
そういう自尊心は、与えられた環境に多くを頼んでいる。立派な服を着せてもらえるから自分は素晴らしい、とか。美味しいものを食べさせてもらえるから私は可愛い、とか。だからその環境が失われるとあっという間に自尊心はなくなる。

そんな弱弱しい自尊心のほうが多い。

この環境によって失われる自尊心はほんとに見ていて気の毒だ。
あんなに立派だった人がこんなにもみじめになるのか、というあれだ。

そう考えると、シンデレラがどれほど図太い女だったかよくわかるだろう。そりゃあプリンスも一撃で倒せる。


私たちは教育を受ける上で、この「他に寄らず保つ自尊心」をいまいち育ててこなかった。
他人に迷惑をかけないとか、自分のやりたいことを頑張るみたいなことはたくさん言われているけれど、この他に寄らず保つ自尊心の持ち方はあまりない。
「試合に負けても君は勝った」みたいな曖昧なことしか言われない。それじゃわからんのです。

だから、今更だけど、私はいそいそとこの「他に寄らず保つ自尊心」について、よく考えてみたいなと思っている。


なお、シンデレラが虐待を受けても自尊心を失わなかった女であるという事を最初に教えてくれたのは、こちらの本です。
目から鱗ぼろぼろ落ちる。脳科学の研究していた黒川伊保子先生の著書です。

王子様に出会える「シンデレラ脳」の育て方 (講談社+α文庫)

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