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ムンク展 潤いとあたたかさ

滑り込みでムンク展を観に行った。
すごく、すごくよかった。泣きそうだった。ちょっと泣いた。

有名な絵だから、くらいの認識で行ったんだけど、本当に「絵を見る」醍醐味があふれていて、すごく感動した。

もうモチーフ化著しい「叫び」だけど、そこに至るまでのたくさんの作品列を見ているだけで、あの一枚のおどろおどろしさをキャッチーに取り上げるやり方は本当は全然違っていたんだなって思った。

ムンクの絵は、潤いに溢れていた。

高級な化粧水みたいな、たっぷりつけてもべたべたしない、ぬるぬるもしない、しっかりと肌が甘く潤ってふくらんで、笑顔の形に顔を動かす時に引っかかりがない。そんな潤い感があった。

湿度は低く、さらっとしていて、ほどよく涼しくも温かさの存在を感じる潤いです。

よく見ると、水辺や海辺がモチーフになっているものも多くて、全体に潤っている。でもびしょびしょじゃない、ぐちゃぐちゃじゃない。
人間に必要な分の水が、ぴったり満了処方。

暗く、くすんだ色合いがおどろおどろしさを出しているように思っていたんだけど、それは印刷されてまったく違うものになったものだからそうなっただけだと思った。

絵には、もう最初から最後まで死への不安が満ちていて、悲しさもたくさんあった。(後期の目に障害を得てからパステルカラーの色とフラットな感じになった絵も、画狂の晩年ぽくてグッと来たけど、やっぱりそれは最後のおまけという感じ)

多分だけど、ムンクは結婚を意図的に避けていたというのは、恋仲になった相手との結婚を否定する事で相手が泣き悲しむ反応がすごく好きだったんじゃないかと思う節があった。
すごい嫌な男だなと思いながら絵を見ていた。
悲しむ女の絵なんか、もう本当に「こういうのが!描きたかったの!」みたいな情熱と美への傾倒みたいなものが溢れていた。筆が踊るっていうけど、そんなニュアンスを感じた。
それがサディスティックさとか、自画像ばっかり描いているナルシシズム的な感じはあんまりなく。そこが少し奇妙でもあった。

その奇妙さは、死の恐怖を描いているにも関わらず、なんというか、他人にメンチ切ってないというか。怖い絵を描いて見る人を怖がらせよう、畏怖させよう、みたいな外への攻撃性、威嚇、マウンティングみたいなのが、なんとも少なく感じた。

こういう不安や恐怖を、ただただ油絵具で塗りつけていくだけ、という、妙な無垢さ、純真さがあった。

そこが、私は「あたたかい」と感じる。
死んだばかりの動物の内臓を切り出して、ホカホカと温かく湯気が立っているような、そういうあたたかさ。
もう誰も怖い事はない、死ぬかもしれないという恐怖はもう終わり、だって死んだのだから、今だけはこの血濡れた臓器もまだあたたかく優しい。
きっと数分、数十分で腐敗がはじまって新しい死の恐怖が生まれるのだけれど、今ここだけはあたたかく潤って優しい。

死ぬことをずっと恐れていたということは、死を迎えた時、それは「死を恐れる」という時間が終わるということである。
死を恐れる気持ちから死を追い求めていくのは、結局は「恐れること」を死そのものによって終止符を打つことができると体験的に知っている人間だからだったのではないかと思った。

描いている間、彼の中では、恐れや不安が絵と一体化して、自分自身が絵となって、その「恐れる」ことが不要になったのかもしれない。
そうなら、取り憑かれたように、それをまるで愛しているように、浴びるように描く理由は、私にはなんとなく分かる。
そこには、彼にとっての安心が満ち満ちている。

ムンクってこういう絵だったのか。

あと、シャガールとかもそうなんだけど、原画を見る事が本当にグッとくる感じが、すごくよかった。
きれいに印刷されても美しいタイプの絵じゃなくて、生々しい油絵具のこすりつけた痕跡を見るのが楽しい絵。
そこに描いた人間が存在するタイプの絵。これが、雑に、ラフに作ればいいのかというとそうでもないから、むずかしい。

現代の絵は、印刷に耐えうるように作られている。
印刷、そしてオンラインの光で見るのにいい絵。
でも、あえてその目の前まで行ってみるべき絵というのはそういうのとは完全に別にあって、ムンクもそれだなあって、見て思った。

同時に思ったんだけど、ムンクの作品をモチーフに、実にうまくムンク自身が描いたかのように絵を動かすアニメーションというのか、動画作品がエントランスで上映されていた。
すごく自然で、素晴らしかったのだけれど、素晴らしいがゆえになのだろうか、もはやムンクでもなんでもない、あの温かく潤いに満ちた優しい絵が、ただの「ムンクモチーフ」になっていく道筋が見えた。ムンク柄というか。カラフル幾何学模様を見たらプッチ、ペイズリー柄ならエトロ、みたいにくすんだダークトーンの不安定な曲線はムンク、って感じでそれほど才能も能力もない人の手に渡ればサクッと処理されていくんだなという予想が軽々とできた。
(でも映像作品としてはそんな処理された感じはなくて、すごく生々しさとナチュラルさが表現されていてずば抜けてよかったとは思う)

あれは、絵だからいいんだよ。

動かないからいいんだ。限界があったから、だからいいんだ。
ムンク自身はもっともっとと表現を広げたいと思い、もしかしたらその映像作品のようなものが彼が求めたものだったかもしれない、だとしても!
私が見て感動するのは、結局、絵という限界のあるものの中で表現された、人間の限界そのものなんだと思う。

あの時代の、あの男の、絵としての限界こそに意味があるし、価値がある。

すごい潤いで満たされた感じで帰ってきました。

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