起業は自腹を切ってからがスタートですからね?
界隈をにぎわせております、こちら。
勘違いも、アホでも、バカの一念岩をも通すっていうし、それはそれでいいんだと思うんだけど(けんすう氏も書いている通り)、超小規模起業しちゃった私もひとこと言いたい。
起業は、自腹を切ってからはじまる
学費のための300万円を親から借りてスタートとか言ってて、それに「半年は持ちますねー」とかいうお返事が来ているけれど、まてまて、私は300あれば1年持つぞ(事業資金&生活費)。
金の使い方がちょっと違うんじゃないのって思う。
でも業界の事は知らないから、そこはおいておくとして。
300万円あるなら、できる事たくさんあるだろー!
できる事からやれ!なぜやらん!
成功するかわからないもののために300万円溶かすとかやめてー!
webサービスでヒットさせて上場したいっていう「他人の決めたレール」に乗ろうとするのはなぜなんだー!
レールに乗った人生が嫌だっていうんじゃなかったのか―――!!!
起業のスタート地点って、自腹を切ってからだと思うんですよ。
もちろんそれまでに準備とか事業計画をゴリゴリ書いて、詰めておく必要はあって、お金を使う前にやるべきこともたくさんあるんだけど、本当にそれが現実に出てくるスタート地点はお金を払った時です。
それまでは、単なるアイディアでしかない。
絵に描いた餅。
お空のケーキ。
それにお金を払った時、それが現実に出てくる第一歩になります。
そして、最初にお金を払うのは、多くの場合、お客さんじゃなくて、自分自身。仕入れをしたり、製品を作ったり、チラシを刷ったり、何かしらの経費でお金を動かします。
これが最初になる。
なのに―――!
300万円あって(借金だけど)、登記のお金がないとかどういう事―――!
ついでに「貸してくれ」って借金がどれほど重たいものか、精神的に自分を縛り付けてくるか、わかってないだろうけど、わかって――――!
周りが全員協力してくれなくなってからが本番
スタートにはもうひとつあって、誰も応援してくれなくなってからが本番というところがある。
一度や二度、作ったものは足蹴にされます。
でも、これが大事で、崖から落とされ、踏みつぶされて残ったものしか、残れないの。
そうやって残った骨組みをもとに作られる商売が骨太なやつになっていくので、どこかで協力ってなくなるときが来る。
その時に、どれだけ自分を信じられるか。っていうか、自分の作ったものが通用するとわかって作れるか。
そして「仲間が全員抜けても、自分だけであっても持っていくぞ」という覚悟が通用するか、通用させるだけの足回りを用意しているか、なんてことも重要なんじゃないかなと思う。
最初から四面楚歌で始めるのは悪くないけど、周りからちやほや(炎上も含む)されて始めた事は途中で四面楚歌がくるし、それが相当堪える。
レールからはずれたいといいながら、レールを探し回っている
いやそれにしてもだ。
どうして、起業してレールから外れたいって言いながら、「最年少上場」「海外に情報発信するサービス」とかどっかで聞いたようなレール的な事をしたがるのかな。
レールからはずれるっていうレールに乗りたいだけじゃん。
レールは、言い換えればスタイルともいえる。
そして、レールと言われるほど安泰なものは、どこにもない。
でも憧れられるって、若さだよね―――!
知らない人に金貸してって言えちゃうのも、若さ―――――!
ついでにあっという間に詐欺にあって巻き上げられるとか、そうじゃなくても普通にカツアゲされるとか、ありそう。
先日、無名な人が起業したら実際どうなるのか的なテーマのトークイベントを見にいって、ぼんやり思ったのが「起業っていうレールに乗りたがる」感じ。
自由にやりたい、というのはごく一部の範囲の事で、起業してもやっていることは「正しいレール探し」だったりして。
web広告で「女性の起業のためのサポート」みたいなやつが出てきて、どういう事を書いているのか覗いてみたら
・起業したいけど「何から始めればいいかわからない」からずっと先延ばしにしている
という一例が出ていて、(´゚д゚`)??ってなった。
何から始めればいいかわからないのに起業したいっていう状態がそもそもおかしいと思う。
中身がなくてもとにかく起業がしたいなら、さっさと個人事業主か、登記かどっちでもいいけど、役所に書類を持っていく。
登記なら高い印紙も貼ることになる。
でも、貼るのは簡単だ!
それが気が引けるっていうなら、あれです、お名刺と印鑑作る。
会社名決めて、起業セット印鑑3本セットとか買うの。
雰囲気でてくるよ。(そういう雰囲気販売している起業家サポートコンサルタントさんがいっぱいいるから)
商売のネタがないけど社長になりたいから起業しました!って言って成功する人はとんでもなくエネルギーのある人なので(愛人がいっぱいいるイメージ)、何やってもジャイアン的にやっていくと思う。
そうじゃない普通のエネルギーレベルの人は、取捨選択、優先順位で戦わなくてはいけないから、やりたい事、これならいけるという事、などなどを全部加味して検討したアイディアで商売を作らなくちゃいけないし、そもそもゼロから作る必要なんかなくて、今あるものを作るっていう手だってある訳で、なにをしたらいいかわからないっていう事は絶対に、絶対にありえない!
スノボしてみたいーっていうなら、滑れる場所とアクセス、練習方法やウエアとか、先輩を探すとか教室を見つけるとかするじゃん!
起業だって同じはず。
やることがわからないなら、やるべきじゃない。
イスカンダルに行きたいーっていうのと同じじゃん!イスタンブールじゃなくて、イスカンダル。誰もいき方がわからない。
でも、本当のレールをはずれた人は、イスカンダルに到着しちゃうんですよね。
それを思い知ると、絶望しかありません。
レールじゃなくて、輝く星を探そうと思う
レールを探しているうちは、起業だろうが就職だろうが、生き方に不自然な苦しさが生じてしまう、と感じている。
自分が歩きたい方向に歩いていくんじゃなくて、素敵なレールに歩幅を強制的に合わせる事になるから。
それによって速く走れるようになったり、上等な靴になったりするという特典もついてくるんだけど、本当に自分のやりたい事じゃないレールの上なら、どうしても歪みが出てくる。
自分の歩幅で歩く事ができる道をみんな探しているんじゃないのかな。
本当は。
レールをはずれるとか、いいレールに乗るとかではなくて。
だけど、道を作るって難しいし、間違うし、うまくいかない事もおおい。
そんな時、目指すもの、空を見上げた時に方向を教える北極星のようなものがあれば、苦しくなっても何とか乗り切れるし、間違った方向に行く事も減る。
(たまに沼に足を取られる事はあるかもしれない)
レールに乗ることを望む、レールから外れる事を望むのではなく、自分の歩幅で歩くことを(それが本当は走りたくてずっと我慢していたことかもしれない)自分に許す事。
起業とか、レールとか、そういう話の先にあるのは、結局そういう事なんじゃないかって思う。
わたしは、身を捨ててでも、ビジネスを一個立ち上げて、伝えたいことがあるんだ。ビジネスは伝えるためのツールでしかない。
それが自由にできるっていう事は、神様ありがとう。
ビジネスとしては立派なもんじゃないかもしれないけど、個人的にはうまくいってるんじゃないかなとも思うし、好きなだけ自分の才能を発揮できるって、それだけで幸せなことだ。
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つよく生きていきたい。