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ポーカーのような、恋愛と会話のゲーム

私は基本的にゲームができない。びっくりするほどできない。
七並べくらいで限界だ。がんばってこいこいは習得した。

ところで、最近のデート相手は、クソ情緒のない皮肉屋だ。恋愛には最悪のキャラクターだと思うけど、そこをユーモアのセンスでマイナスをカバーしている。
そこでは、残念ながらロマンチックなラブリーな雰囲気は皆無である。皆無。KA・I・MU。
何があるかといえば、ほとんど、決闘に近いような、ポーカーみたいな心理戦のカードゲームみたいな感じ。

なんかもうこういう人しか生き残っていないんですけど。
(ちなみに一応「彼女は何人いるんですか」と聞いたら「300人~250人、季節変動する」と答えたので、その言葉通りに受け取るとするなら、私はたぶん誤差の範囲に属すると思われる)

「あなたのことを好きになって、めっちゃ損した
といったら、当の本人は大うけで爆笑である。

「恋愛というのは、基本的に損得が発生しないじゃないですか、なのにひたすら損をしていると感じている」
「ほう」
「ということで、いくつか仮説を立てて、ひとつの結論にたどり着きました。ご興味がおありでしたら」
「興味あります」

ちなみに、この皮肉屋は、絶対に絶対に本心を言わない。
すげー上手い。徹底している。感想とか思った事はスルッというのだけど、こと人間関係の絶対的根幹に当たる部分の事は、場面緘黙なのかと思うくらい言わない。
スキとか愛しているとかいうやつです。
遊び人なので軽々しくそういう事を言うのだと思っていたら真逆の態度を取られたので、これはこちらもカードが切りにくい。

つまり、積極的にコミュニケーションを取らないという方針を取る事で、相手を自分の都合のいい状態に追い込み囲い込むような、無言で相手を操る手腕に長けているタイプですね。黙っている事=相手に情報を与えない事で、相手が勝手に解釈するしかない状況に追い込むということです。


この手法の凄い便利なところは2つあります。

まずは、相手を非常に不安にさせる事で、自分に都合よく誘導するのが楽になること。
不安になった人間は、非常に簡単にコントロールすることができます。洗脳の初歩ですね。

コミュニケーションというのは、
①その相手とコミュニケーションを取ってもいいという安全性が確かめられている=嘘をついていないとか、くだけた言葉遣いでもいい程度の信頼感があるなど(アカの他人とはコミュニケーションの安全性が担保されていないからくだけた会話はあまりしない)
②情報が相互である程度均等である=お互いの事を分かり合っている、という共通認識が、ずれはあれどそれなりの量でバランスが取れている
という要件があると思います。
他にもいろいろあるとは思うんだけど、今回私が注目しているのはこのふたつ。

この皮肉屋の「しゃべらない」「本音を言わない」ということで、まずは安全性が失われてしまいます。コミュニケーションを取っていいのか、わからない、不安になる。
そして、しゃべらないということは、それだけ情報が減ってしまう。
もちろん表情や、態度、その他の会話の流れなどからくみ取る事も情報ですが、どうしても不均等になります。

さらに悪い事に、私が取りがちな戦法は、自己開示による相手からの情報を引き出すコミュニケーション手法で、これはもう「しゃべらない事でコントロールしてくる相手」には、ことごとく裏目に出ます。
言えばいうほど、相手に情報を与えて、相手から情報が来ない不均等が広がっていきますし、皮肉屋なので平気で人を傷つける事を言います。

これらは、恋愛関係でなければ、そういうパワーゲームとして面白い訳です。
そういう会話の駆け引きのようなものがありつつ、会話自体の内容も面白いという、リターンがすごく大きいおしゃべりになる。(たまに相手が何を言っているのか分からないという、技巧に走り過ぎて伝わらない場合もある。ゲームが成立しない、というターン)
ところが、恋愛的な関係でこうなると、リターンがなくなり、むしろコミュニケーションに格差が生じていきます。

最悪、情報量の格差が起きるのは仕方ない。これは必ず起きますし、相手を正しく把握することはかなり難しいので70%あってたら凄まじく分かり合えている感じです。なので、ここの情報量格差は、言うほど問題視はしていない。むしろここを引き出すのがコミュニケーションゲームの醍醐味だったりするし。
ではなく、私が一番引っかかっているのは、最初の「安全性」についてです。安全性を担保する言葉がない。いや、安全性を担保する言葉「のみ」がない。表情や態度、行動は、少なからず私の事を否定してはおらず何らかの好意はあると読める内容なのです。
たぶん好意はあるっぽいが、確証がない。たまに好意という形で悪意のようなものを持っているケースもあるが、それも確証がない。ダブルバインドメッセージに非常に近い。後半に詳しく書きます。

そして、このやり方の皮肉屋にとっての二つ目の利点。

自分から情報を発信しないので、形としては「相手が勝手に考え、自分で決めた」ようになるわけです。
そうなるように追い込んでいるんだけどね!
完璧なアリバイ、「僕はあなたの気持ちや考えを尊重しているよ」というスタンスが取れるのです!!!

これは最悪ですね。
悪魔の証明みたいなものです。できない事を証明せよ、みたいなやつです。

「あなたの気持ちが知りたいの」
(黙って、微笑む)
「好きなの?嫌いなの?」
「君が思う方だよ」

こういうパターン!
いいですか、みなさん!ここ、騙されてはなりません!
O・ヘンリーの短編みたいに、コミュニケーションの行き違いがロマンチックな物語になる事は手練れの作家がやらないとなかなかできないんだよ?
だいたい素人がこれやると事故るで、気ぃつけや。
自分は悪く思われたくないけど、いい思いだけはきっちりしたいと思っている、リスクを取らずに美味しい思いをしたいという輩やで。責任は取らないけど関係はキープしておきたい人は使うがいい!

おそらくですけど、過去に好きとか言って言質取られて厄介な目にあったりしたんじゃないですかね。言わない方が得だし、言わない方がこっちに都合よく運べるとどこかで知ったんでしょう。
それを無自覚に繰り出してくる。

選択肢を提示して相手に選ばせるって、結局は相手をコントロールしているってことなんですよ。でも選ばされた側は自分の意思で選んだように錯覚できる。きわめてズルいやり方です。

ということで、絶対に自分が悪者にならず、相手を不安に陥れて自分の都合のいいようにコントロールしやすい状況にとどめおいて、情報の不均等でコミュニケーションを有利に運ぶという展開です。

巧いね。
持ってるね。(腕を叩きながら)

恋愛関係におけるコミュニケーションは、やはり根幹をなすのがお互いを承認しあっているという安心感なのです。
人間は社会的な生き物なので、相手からの承認が欲しいのです。その承認を安定して支え合うというのが、人間関係の基礎にあるものですが、特に恋愛でも強くそれが動きます。恋愛における性的な魅力などは、大きいけど追加項目。
その承認がない状態で、相手を好きでい続けるということは、ひたすら「好きであることを利用され続ける」状況になるということです。
タダの友達なら面白かった会話ゲームも、不安と承認の得られなさによるフラストレーションに変化します。ただただ自分のエネルギーの持ち出しが多い=損。

「ということで、私は常に不安を感じさせられ、コミュニケーションにおけるもっとも大きな欲求である承認欲求が常に保留にされた状態で会話をしなければならず、これが恋愛関係でなければとても面白いゲームになると思うのですが、まかり間違って恋愛関係となってしまった時において、非常に『損している』と感じている、という次第です」

と、当人に報告したところ

「大変素晴らしい洞察です。noteが売れるのも納得です、嫌味なしで」

という返答が戻って参りました。
だよね、あなた常に皮肉と嫌味を言っているもんね、ユーモアと敬語で薄めているけど、言いまくっているもんね。


なお、この肝心なところを黙っておくというやり方ですが、その先のルートはなかなか厳しいものがあります。
ちょっと嬉しそうな顔で何も答えないとなると、ダブルバインドメッセージになるわけです。笑顔=肯定、無言=否定の可能性が捨てきれないという、反するメッセージが同時に発せられる。
これが人を混乱させる一番強い技です。これやれると、けっこう早く人間崩壊するよ、ストレス半端ないから。

となると、ここからどう読むか。
興味を持たれていない、という方を優先すると、まあ撤退しかない訳です。
しかし、笑顔の要素を優先すると、また大体ふたつの道があります。

①私の事が好き
②このシチュエーションが好きで、満足している

ここで、①だといいわけです。安心できる要素がグッと大きくなる。
が、②の方が可能性は広いのです。②のみだとすると、私でなくても誰か趣味に合う相手からそういわれたら嬉しいということです。相手がボロボロで太って臭いおじさんとかじゃなければ、②は適用されるわけです。
ある意味②は①を内包しているので、どれだけ①の独自性を強められるかがすごく大事。ありのままの、オンリーワンの自分で愛されるという着地点をみんなが求めている。
でも②のほうが、読み間違いがない……。

そうなると、安パイの②を優先する行動を取りがちです。
つまり、シチュエーション=行動にのみ重心を置くようになってしまう。
そう、これが「重い女」への扉なのですYO!
好きといわれたシチュエーション、環境や行動、服装やメイク、態度をそろえていく事で、相手の興味を引きコミュニケーションを取ろうとするわけです。
これ、どこかで覚えがありませんか?そうです、メンヘラちゃんがよくやっている事に非常に近いです。

つまり、このやり方、自分は損をしないで相手を都合よく動かせるかもしれませんが、相手をメンヘラ化させるコミュニケーションの取り方です。
本人、そこは自覚していないみたいなんだけど。
メンヘラ無理といいながら、なんと相手をメンヘラ化させる効果を発動させているんですね。メンヘラは身から出た錆。

超シンプルに、あなたが好きです、ということを伝える。
これが本当に、不思議なゲームのはじまりになる。
Deal or No Deal?
そこで今までとは違うカードか回ってくる。

恋愛になるとぷつりとコミュニケーションが途切れることは少なくないのだけれど、なぜか皮肉屋とは永遠にポーカーのようなゲームを繰り広げている。もともと私も皮肉と嫌味と当てこすりは天才的にうまいタイプの人間だったので、似ている部分があるのかもしれないですね、ポーカー知らんけど。

まわりの友人からは何度も「それは好きなんじゃないとおもいますよ!」と釘を刺されている。

見えないゲームをしているだけかもしれない。しかも現時点、私は分が悪い。手のだしようがない。
が、noteが書けるくらい面白いので、しばらくはゲームが続く気がしている。なぜなら、上がりがどういうものなのか、まだわからないゲームだから。ゲームしながらゲームを作らねばならない。

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つよく生きていきたい。