お金に関する感性

お金に対して全く教育を受けてこなかった。それなのに親が家の移転を市から要請されて立ち退き料をもらってそれを頭金にしてローンを組んで、そのまま借金に追われる事になった。その借金から逃げるために、いや、それをすべて殺すために、ビジネスを始めた。

月に10万円、それが10年、いや5年入ってくればいい。

それがスタートだった。

地道というよりは、絶対に実現可能な範囲で設定して、その代り絶対に実現しなければ、私は自殺かホームレスか、風俗嬢だ。

手っ取り早く風俗で稼げばいい?
そういう考えも頭をよぎったが、お店の看板をしげしげと見て、「なんで親の為に好きでもないおっさんとセックスせにゃならんの」と思って、それはやめる事にした。

金を送っても、それは消えるだけだ。
不要なまでの豪邸と土地のために。
(そう、庭でスノボができるレベルの広い庭!)

「どっちに人生転ぶかわかんないもんでさ、お前はビジネスでなんとかやったけど、一歩ちがえば夜の世界でトップ張ってた可能性もある訳でさ」

ホントそうだ。
でも私はセックスに準じるサービスではなく、自分でビジネスを起こす事にした。どっちがいいというもんでもない。風俗嬢をやると選んだら、どんな手を使ってでも金を巻き上げていっただろう。
そのくらい、私は集中してやってた。あまりに集中しすぎて、服を着たままお風呂に足を突っ込んだり、スーパーのカゴを持ったまま家に帰ったりと変なことをたまにしていた(レジは済んでいた)。

1円、10円、100円でさえ、徹底的に何に使うか考えて、精密な選択を重ねた。3000円があれば、それで資材のサンプルを買うのか、美味しいご飯を食べて体力を回復させるのか、お世話になった人に差し入れをして印象を強く持ってもらうべきか、どれが一番効果があるかをギリギリと考えて選んでいった。

お金がなかったから、できない事がたくさんあった。
逆に、選択肢が狭まった事で「選択するエネルギー」は減って、実行するエネルギーにほとんどを振り分けることができた。

そうやって培っていった自分のお金の感性である。

最初は、とてもケチな金額だった。
5000円、1万円、3万円。

最初のビジネスを親と弟に取り上げられて、それからまた自分のビジネスを始めたんだけど、その時に一番最初の金額が8万円だ。
クレジット決済をして、売上で賄った。

だから、実質元手はゼロ円だ。

売れるかどうかわからなかったけど、売れなくても8万円なら、なんとか頑張れば返せる金額だ(ちなみにその時貯金はなかったし、その後も運悪く口座を封鎖されるという憂き目にもあった。どれほどどん底を爆走していたのか想像がつくだろうか?こんな状況でもビジネスは起こせるのだ)。

そうやって、自分ができる範囲で、何度も何度もギャンブルをやった。ギャンブルといっても、普通にビジネスをしていただけなんだけど。あれはもうほぼギャンブルだ。日本にあえてカジノなんか作らなくても、私は毎日ギャンブルを、何カ月、何年という単位でゲームし続けているのだ。

何度も何度も口座を空っぽにした。
次のお金が入ってくるまで、残高が事業資金と生活費を込みで20万円とか普通だった。それなのに数万円使って友人たちと牡蠣パーティーをしたりした。「事業資金の15%をつぎ込んだ」というとみんな大喜びで集まってくる。

綱渡り 渡り切ったら ただの道

何度もこの五七五を唱え、Facebookに書き込み、渡り切ってきた。
どれほど足元が揺れようと、渡り切ったら(=次の入金で取り戻せれば)ただの道を歩いてきたのと同じだ。

綱渡りができるように、他のあらゆるところをコストカットした。
最大のコストカットは、家族だ。私が家族を持たないのは、それがコストだからだ。

家族がいなければ、あれこれ言われる事もない。
金銭的なコストのほかに、説明して同意を求めるコミュニケーションコストが発生するし、関係があるからこそ生まれるストレスもある。

別に何かを犠牲にしているつもりはないんだけど、他人から見ると「恐ろしいほどのバッサリ感」とたまに言われる。

家族を最優先したいなら、そういう戦略でいけばいいだけだ。コストをかける場所をよく考えろ、という事だ。

コストは削る場所ばかりを考えるけど、本当は「コストをかける場所」をきちんと選び抜いて徹底的にそこに金をつぎ込むというのが重要だ。
コストをかけるために、不要な部分を削るのだ。
削るのが目的じゃない。

だから、別に私も結婚したり家族を持ってもいいと思っている。
コストを削る方法にこだわりはないのだ。

ところが、このコストをかける、という事が実に難しい。
かけただけ売上が増える物、というのが、はっきり言ってない。
せまい業界や、特定のものに関してはある程度のセオリーがあるかもしれないけど、完全にゼロから始めたサービスや商品はセオリーなんてない。
広告を入れれば売れるなんて時代でもない。
有名だから売れるでも、1万リツイートされたから売れるでもない。
絶望的だ。
こんな状況で、自分の虎の子を賭けていく。
金を出さなくてはゲームに参加することさえできない。

ゲームに参加しない者が、お金の感性を磨けるわけがないのだ。
本を読んで知識を得て、それでできる気になっている。
でも貯金や節約の仕方は、ビジネスの場合と個人の家計の場合はまったくやり方が違うし、「クレジットカードは借金だから節約の敵!全部捨てて!」なんていうのは個人の家計においては有効だけど、ビジネスにおいては全然有効じゃない。自分が返せる範囲での借金ができるというのは、ビジネスをどれだけ優位に運べるかわからない重要な手だ。
それは、やっぱり自分でお金を動かさないとわからないのだ。

しかも一回ではダメで、数回くらいはやりたい。

そうやって、現場で磨いていくお金の感性というものは、一歩間違えたらドボンだ。勝たなきゃ死ぬ。

逆にいうと、額が小さい規模のうちにそういう修羅場を抜けないと危ない。
例えば最初に融資を受けて潤沢なお金があると勘違いして生ぬるい判断を繰り返していたとすると(融資で受けた金は自分のカネではない!)、間違いが積み重なって巨額の負債に育ってしまう。

だから創業時、規模の小さいうちに、10万円以下の命がけのゲームを10回くらいはやってみるのが本当に学べる。

10万円レベルなら、最悪ちょっとバイトを頑張れば取り戻せる。

そして、10万円レベルのカネを確実に使えない人間に、大きなビジネスなんかできっこない。お情けでプロジェクトメンバーの名簿の中に名前をのせてもらうだけだ。

ただし10万円のカネがきちんと使えるからといって、100万円、1000万円が動かせるかというと、これもまた違う問題だ。
使う筋肉が違う、みたいな。
私は今、やっとこの100万円単位のお金の勝負になっていて、ここから1000万単位にのせるゲームを展開していかないといけないところだ。

そして目指すは「どなた様にもご迷惑をおかけしない小さな会社で億と稼ぐ」です。

数百円のお金への感性、数千円への感性を経て、10万円レベル、そして100万円レベル。
お金の感性も、一気に伸ばす必要はないんだなと感じている。
ちょっと時間はかかるけど、じっくりと向き合って、それでも1年2年の話だ。
そして100万円から500万円、1000万円。
いずれは1億。


といいつつ、自分の生活は、相変わらずひとつきで数万円の低コストでやっているので、「貧乏には強い!」と評判です。
(贅沢商品も扱っているのにね)

お金持ちである事、豊かである事は、実はイコールじゃなくて、お金を持っている貧しい人はかなりいる。
お金を持っていない豊かな人も結構いる。
お金を持っていて豊かな人は、現代にはあまりいなくて、忙しすぎて「金ならある」という感じ。ホントこの層がお金を使ってくれないと経済冷え込む一方だ。

お金を使う技術が一番優れているのは誰なのだろうか。

大金を持っている、持っていなという事じゃなくて、私はお金をうまく使う人生というものにチャレンジし始めている。
そういう課題が与えられるとは思っていなかった。
でも、最初にひどい思いをして、それからずっと血を吐くような思いもしたし、ここには書けそうもない事もしたし、あったし、それでもビジネスをやることでお金への誠意を強く持ったし、お金を得る事で生きていることを、存在する事を許されたような体験を何度もして、ビジネスがあったから私は生きていられたし生きているんだと100回以上思った。とてもお金に、ビジネスに、その仕組みに感謝している。

誰かと競うようなものではなく、ただただ自分自身との戦いでもあり、高みを目指すような、器を大きく作り変えるような、孤独で、豊かで、普遍的な、お金というゲームに平気で生活を、つまり命をかけちゃっている事に、すごく感謝している。
こんなふざけた暮らしをすることになろうとは!

そして、常にお金というゲームへの感性を磨いておきたいと思っている。
それはFXとかそういうやり方じゃなくて、単なる商売で。
数字のマネーゲームは全然興味がないのだ。私はお金の数字を価値に変換することでより多くのお金へと作り変えるのが好きなのだ。
FXにはその価値を変換する手ごたえがない。


金だけが欲しい人は多い。
それは、お金への感性が全然育ってないからだ。

お金への感性が育っていくと、見えるものが変わる。
それは金銭感覚が変わるのとは違う。
価値のあるお金と、それほど価値を感じないお金というのがはっきりと色がついて見えるようになる、という感じに近い。

価値のあるお金は、私の感覚ではどれほど金額が大きくても軽く見える。
逆に価値のないものにかけるお金は、ものすごく重い。鉛のようだ。

軽いお金は心も軽やかににこやかにお振込みするのだけど、金額がすごく大きい場合はそこに自分の魔がさす事がって心を重くするケースもある。
50万円も払うの……いや、稼がせてもらったけどさ、でも50万円って、高過ぎじゃない……?とか言いながら。
金額になれていない故の、苦しみである。

重いお金がなるべく減るように、というのは無理な話で、そういうのを全部削ろうとすると、私は一生同じ下着や擦り切れたタオルを使ってシャンプーを水で薄めながら生活する事になってしまう。
重いお金も存在する。そこは避けられない。
それがあるから、お金を使う事に慎重になり、冷静さを保てるのだ。

感性をずっと磨いていく事は、私にとっての部活というか課外活動みたいなものだ。
それを共有できる人は一人もいない。
残念だ。
精一杯の抵抗というか主張としてnoteを書く程度だ。
会計士さんや税理士さんは、まったく違うポジションからお金の処理をしている。私の感性とは全く違うのだ。私のビジネスと私のお金の感性は私だけのものだ。

そうやって、お金のことを考え、感じ、使って、失敗したり成功したり、儲かったり、ちょっと損をしたり、そうやってなんとか生きている。

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つよく生きていきたい。

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