第一章 夏のにおい 17


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 もともとは自然林の丘陵《きゅうりょう》だったものが、このあたりの宅地化が進むにつれて私有地であったものを行政が買い取り、公園として整備したものだ。テニスコートが何面かと、少年野球やサッカーのためのグラウンドがひとつある。それを取りかこむようにして桜やポプラ、欅《けやき》などが植えられ、梅林《ばいりん》もある。自然林も一部残してあって、野鳥のために植生が保護されている区画と、ほかには子どもたちの遊び場になっている区画もある。
 早春には梅祭りが、春には桜祭りがおこなわれてにぎやかになる。
 いまは平日の朝ということもあって、公園にはちらほらとしか人影が見えない。夏休みの子どもたちもまだ遊びに来ていない。
 私たちはゆるやかな段をのぼって公園の入口にたどりつく。
 段のわきにはハーブ園があり、ラベンダーやローズマリーが花を咲かせている。みつばちが何匹か蜜をあつめている。鳥のさえずりが聞こえる。幹線道路からは遠く、車の音はほとんど聞こえない。
 車止めを抜けて公園にはいると、花壇がいくつかあって、園芸種の花がたくさん咲いている。私たちは木陰《こかげ》をもとめて、桜並木のほうに歩いていく。
 桜並木のあいだには、いくつかのあずまやとベンチが作られている。ベンチのひとつに私たちは腰をおろした。十五分くらい歩いただろうか、ゆっくり歩いたのと、真衣の肩を借りたのとで、疲れはほとんどない。
 近くに幼稚園でもあるのか、子どもの声が聞こえてくる。風があって、木々の梢《こずえ》からは葉ずれの音が聞こえる。
 私たちはしばらくだまったまま、ただすわっている。不思議と気づまりはない。真衣のほうはどうだかわからないが、私は彼女に大事にあつかわれていることを感じているので、なにもいわなくても心配はない。
 五分くらいたって、真衣が口をひらく。
「こんなこと、お聞きしていいのかどうかわからないんですけど、どうしても聞いてみたいことがひとつあるんです」
「どんなことでしょう」
「もし失礼があったり、お気にさわられたら、答えたくないとおっしゃっていただけるとありがたいです」
「わかりました。もしそうだったら、正直にいいましょう。しかし、そんなふうに前置きされると、どんな質問なのか、俄然《がぜん》興味がわいてきましたよ」
 私は好奇心と、質問への警戒心と、同時にちょっと楽しくなっている自分がいるのを感じる。
「思いきってお聞きします。先生が絵を描かれるときに、一番大切にしておられる、注意をはらっておられるのは、どういうことですか?」

「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演@明大前キッドギャラリー
「沈黙の朗読」に「音楽瞑想」がくわわり、来場の方にある種の「体験」を提供する、まったくあたらしいハイブリッドなパフォーマンスとなります。8月21日(金)20時から。

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