第四章 冬のぬくもり 2


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 私はベッドを離れると、衣服を着て、手すりをつかんで階段をゆっくりと階下へと降りる。いつもおこなっている動作だが、それは転落しないようにという注意が働いているためだ。今朝はそれにくわえて、眠っている真衣への意識がある。
 キッチンに行き、やかんでお湯をわかす。そのあいだに、冷蔵庫からコーヒー豆がはいった容器を出し、電動式のミルに豆をいれる。分量は手のひらではかる。いつもは手のひらに一杯分が自分の分量だが、今日は二杯いれる。
 豆をひき、チタンフィルターのドリッパーにいれる。それをコーヒーサーバーに乗せる。
 わいたお湯をステンレスのポットに移し、細いそそぎ口からひいた豆に注いで、コーヒーをいれる。
 サーバーからコーヒーをカップに注ぎ、スツールに座って、ひと口味わう。苦味と甘みがふくよかで、今朝《けさ》はとくにおいしく感じる。
 ふと思いついて、エアコンのスイッチをいれる。室温は十七度と表示されている。身体が温まっているせいか寒さはまだ感じていないが、じっとしていると冷えてしまう温度だ。そして私の身体は冷えることがもっともこたえる。
 コーヒーカップを口に運んだ右手を、あらためて目の前にかざす。指を動かしてみる。とくに不自由は感じない。左手をおなじように試してみる。こちらも不自由なく動くが、薬指と小指にわずかな麻痺《まひ》を感じる。去年もそうだったが、季節が冷えこんでくると身体のウイークポイントが信号を発しはじめる。
 そうやって両手の動きをためしているのを、いつのまにか寝室から降りてきた真衣が見ていて、近づきながらいう。
「どこか痛いんですか?」
「いや」
 私はこたえながら、身体を椅子の上でずらして、彼女を抱きとめる。
「ためしていただけだよ。もっとゆっくり寝ていればいいのに」
「いいにおいがして……」
「コーヒー?」
「はい」
「コーヒー、好きなの?」
「あまり好きじゃなくて、めったに飲みません。もらっていいですか?」
 私は椅子から立ちあがり、もう一杯分のコーヒーを彼女のためにカップに注ぐ。それを渡すと、両手で受けとり、そっと口に運ぶ。
 私は真衣がコーヒーをゆっくりと、慎重に飲むのを見る。
「にがい……」
 真衣がいい、私はそのカップに手をのばす。
「いいんですよ、飲まなくて。私は苦味《にがみ》が好きだから、そういう豆と焙煎《ばいせん》を選んでる」
 真衣の手から取りあげたカップに、私は口をつけて、コーヒーを飲む。
「だめ。先生、返して。飲みたい。先生の好きなコーヒーの味、わたしも好きになりたい」

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