第四章 冬のぬくもり 10


   10

「ちょっと赤くなってるところがあります。このあたり、どうですか?」
 真衣の指が私の腰の右上のあたりに触れる。とくに異常は感じない。私も手をのばして、真衣の指が触れているあたりにさわってみる。かすかにぽつぽつとざらつきがあるように思う。指先で強めにこすってみると、わずかなかゆみがある。
「床ずれとまではいわないけれど、たぶん血行が悪くなるんだろうね、吹き出物ができたりかゆくなったりすることがあるんだ」
「よく洗っておきますね」
 真衣が指と手のひらでそのあたりをマッサージするように洗う。こんな年上の男のぶよぶよした身体は気持ちわるくないのかい、という質問のことばが浮かんでくるが、私は口にしない。真衣が怒るだろうとわかっている。
「きみに洗ってもらうのは気持ちがいいよ」
「ほんとですか。うれしいです」
「私もきみを洗ってあげたいな」
「そんなこと、恥ずかしいからいいです」
「なにが恥ずかしいんだい?」
「だって、先生に見られたり……」
「もうすっかり見たさ」
「それは……先生のお世話をするために……」
「昨夜のことだってある」
「あれは……暗かったし……」
 私はすこしいたずらしたい気分になる。
「私もきみに洗ってもらったお返しをしたいね」
「お返しなんかいいです」
「いや、私もきみを洗ってあげたい。洗わせてくれないか」
「それって……命令ですか?」
 真衣が意外なことをいいだす。私はおどろく。
「命令なんかじゃないよ。私がきみに命令なんかするものか」
「先生になら命令されてもいいんです。先生になにか頼まれたりお願いされたり、そして命令されたりしたいんです」
「きみじゃなくてもだれかに命令するなんていやだな、私は。命令とか強要とか、私がだれかより上になったり強い立場になるような感じはいやだな」
「命令されたとしても、先生が私より上になったなんて思いません。先生が私より強いとも思いません」
「たしかに。いまの私だったら、きみのような女の子でも片手でひねりつぶせそうだ」
 私たちはいっしょに笑う。
「なんで私になら命令されても平気なのかな?」
「先生にならどんなことをいわれても、命令されても、きっと先生のお役に立てることだろうし、それはわたしのためにもなることだろうと思うからです」
「信頼してくれてるんだね」
「はい」
「じゃあ、命令するよ」
 私はふたたびいたずらっぽい気分でいう。
「私にきみの身体を洗わせなさい」
 背後で真衣が息をのんで凍《こお》りつくような気配《けはい》がある。

親密な関係における共感的コミュニケーションの勉強会(11.13)
共感的コミュニケーションでもとくにやっかいだといわれている親密な関係であるところのパートナーと、お互いに尊重しあい、関係性の質を向上させるための勉強会を11月13日(金)夜におこないます。

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