グノーシス主義の独我論
タロットは「人間は神である」とするグノーシス主義を背景に持っています。この「人間即神也」という思想は、インドでは梵我一如、仏凡一体などと言われています。
神との神秘的合一は世界のあらゆる宗教で言われていることですので、宗教や神秘主義の歴史を知っている人にとっては突飛な思想ではありません。この神秘主義の究極が独我論になります。
仏教(苫米地英人)の空観・仮観
グノーシス主義は〝究極的には〟絶対的人間中心主義であり、世界も超越もない独我論の体系であると言われています。この独我論は仏教でいうところの空観と似ています。
まさにグノーシス主義は、「仮」の世界を神が作った実の世界として教えています。神=デミウルゴスがこの実の世界(苦しみと悪のある世界)を創造したと教えています。それ故に、この世界から抜け出し本来の場所に戻ろうとするのです。グノーシス主義は究極的には独我論=空観ですが、実質的には仮観・実観の世界観と言えます。
タロットに中観を接続する
タロットの背景にはグノーシス主義の独我論がありますが、それは仏教でいうところの空観と仮観です。苫米地博士は空観から仮観を経て中観の境地に到達することを勧めています。
タロットの目的は「本来の自己は神である」ことを覚らせることにありますが、悪い意味での独我論(空観・仮観)に陥らないためにも、グノーシス主義に仏教の中観思想を組み込むことが鍵となります。
それにより、タロットの本来の目的である「神性の自覚」による自由や創造性や他者との関わりにより得られる幸福を手に入れることができるようになります。