マクベスユウリ

中込遊里の日記ナントカ第97回 「孤独と官能」

恋愛はいくら燃え立っても終わればすぐに忘れてしまうけれど、官能は永続すると思う。

官能は性的感覚・性的快楽のことであり、一般的に、恋する人に対して抱くものだろう。でも、私の場合、それが恋愛ではなく、「孤独」からくるのだろう、と思っている。

誰もがそうだと思うが、昔の恋愛について、ちょっとした折に、思い出すことがある。当時流行っていた歌がテレビで流れたり、本や映画も。

間違いなく幸せな日々を過ごしていた時もあっただろうに、その時は「あなたがすべて」だったはずで、全身で夢中だったはずなのに、思い出す時はだいたい苦々しいばかりなのはどうしてだろう。男の方では違うのだろうか。男は昔の女をいつまでも引き摺るという。

私ならもう終わった瞬間に投げつけて踏みつけてやりたい(いくら、私の方が明らかに悪者だった別れだとしても)。そしてできれば一生思い出したくない。別の立場として出会い直すならば丁重な姿勢で接するが、もしまだ私を自分の自由に、と少しでも思ってのことなら一生、顔も見たくない。

一方、出会った時期も立場もバラバラなのだけど、私が「一生頭が上がらない」と決めつけている3人の男がいる。

一人は夫で、恋愛していた時期はもう過ぎているのだろうが、恋愛した。他の二人とは恋愛していない。

結婚して4年経つ夫とは、特殊な関係を築き始めている。彼は私の恩師である、という奇妙な関係である。

恩師というのは、私を強く育ててくれる人といった意味だ。

たぶん、結婚生活というものに一般的に付随するイメージは、私達の間にはない。

たとえば、夫は嫉妬や束縛を全くもってしない。そして自分の方でも秘密を多く抱えていて、絶対にそれを教えてはくれない。生活にまつわる細かな問題はひっきりなしに出る。明らかに、幼子を抱えての生活に無理がくる。無理がくる分、私は強くなる。子も強くなる。味方も、仲間も、多くなる。

それだけではなく、8年間ともに創作してきた夫の感覚と私の感覚はようやく擦り合おうとしていて、現時点の私が演出家として身を立てるために、夫は必要な人だ、少なくとも今は必ず、と真実思えたのが劇団の最新公演「マクベス」だった。本当に、ようやく。

集団を維持し、鼓舞し、結束を強くする。そのためにも、芯となる私は強くあらねばならぬのだが、家庭の強さ含め、その強さも、夫の不安定さが育てている。

他の二人は、私を支え救ってくれる仲間のような、身内のような存在である。色々な都合があるが男女は男女ということは事実なので、もし何かボタンのかけちがえがあれば、とも正直に思う。けれど結果がすべてでそれが麗しい。

共通して、出会いの爆発がすごかった。私の思い込みではないはずだけど、一方通行ではなく、急速に、互いに大いに感じ入って必要とした。まったく理屈のないこの感覚を名付けると官能なのだと思う。あの人の使う言葉のひとつひとつに私は疼き、私の使う言葉や眼差しにあの人は動けなくなっていた。触れてもその先に何かがあるわけではない身体が目の前にあり、震えた。

私はあの人の前でもその人の前でも泣きべそをかいた。そのことは許されて受け入れられた。そしてその状況と関係における的確な返信があった。

彼らは、よく、「安心する」と言った。一緒にいて安心すると。心を許して油断している。普段はこういうことはない、と言った。こういう自分は珍しい、めったにない。

表面上は穏やかににこにことして、むしろ世界やそれを作る人達に感動しながら、時にはそれにオーバーに感銘を受けて自己批判を繰り返し、真剣に他者と関係を取ろうとする。それでいて、それだからこそ、他者に心を完全には開けずに、圧倒的に孤独に包まれている人がいる。

その孤独はどこからくるのだろう。何らかの才能がある者故の、だろうか。幼少期の育てられ方だろうか。それともしばしば言われるように、男とは一様に孤独なものなのだろうか。だとするならば、特定の一人の女に不思議と安心を感じ、癒える男の孤独とは、なんなのだろう。きっと私には、わかったような気になることはできても、芯のところはわからない。

ワガママに、自己中心的に育った私も、社会からズレて、孤独。だから演劇なるものに挑戦し、人間とは何かを常に探らざるを得ない。その圧倒的さをもって、出産後すら何も変わらずに孤独はぴったりと身について離れることはない。それを癒やしたいとは思わないが、孤独であることをできれば共有はしたい、と思う。そのことに普段は気が付かないが、共有し合うべく現れるレアな男のために、時折引きずり出される。

その共有はひっそりと、二人きりのところで、とめどない快楽で行われるので、腰抜けになってすっかり参って、そういう姿を見せてしまったという弱味で、たぶん生涯頭が上がらない。


※写真は鮭スペアレ版「マクベス」東京公演より 2018年12月14日~17日 撮影:木村護


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