無題22

血、烟て裂く華の

 
 
 
 目の前で、赤い華が舞い吹雪き──。

 真っ白な光の中で、ぼくは烟る花びらに息が詰まりそうになった。

 裕福な旧家の跡取りとは言え、生まれた時から身体は弱かった。元気に遊びまわる近所の子たち。その声に背を向け、布団の上で過ごす時間は永遠と思えるほどに長かった。

 少し具合のいい日は庭を眺めたり、本を読んだりもしたけれど、十代の半ばを超えても馴染みの景色は天井と障子。

 腫物扱いの両親と使用人、無機質な医師に囲まれ、一体、ぼくは何のために生まれて来たんだろう、と考える日々。

 その日も、高熱にうなされ、微かな意識の中でもがいていたぼくは、ふと、人の気配を感じ、朦朧とした中で薄っすらと目を開けた。ぼんやりとした視界に、白い衣装を纏い、光に包まれた女の人が映る。

(……菩薩……?)

 そんな馬鹿馬鹿しい思考を打ち消すように、その女の人はぼくに手を伸ばして来た。白い掌が額に触れると、ひんやりとしていて気持ちがいい。

「………………」

 思わず息を洩らしたぼくの髪を、その人が優しく撫でる。熱くて朦朧とする中に、うっとりするような甘い感覚が湧き出し、ぼくはそのまま深い眠りについた。

 それからも、特に具合が悪い時を選んでいるかのように、その人はたびたびぼくの枕辺に現れた。

 その人がいてくれるだけで、何故かぼくは母が傍にいてくれるより落ち着けることに気づいていた。

 ある夜も人の気配を感じたが、それが『彼女』だとわかったので、ぼくはそのまま目を瞑っていた。

 すると、いつもと少し様子が違う。

(………………?)

 不思議に思っていると、彼女の手がぼくの額ではなく夜着の袷(あわせ)に置かれた。

(……何だろう?)

 息を殺してじっとしていると──。

「…………………!」

 合わせ目から指が忍び込み、ぼくの胸元に直に触れた。しなやかな指が、少しずつ肌の上をすべって行く感触。身体に身震いが走る。

(……ああ、ダメだ……そんな……)

 洩れそうで、声にならない声。

 そんなぼくの反応を知ってか知らずか、今度は彼女の手が腕に触れた。袂からするりと忍び込んだ指が、這うように上へと移動して来る。

 やがて、小さな牙に噛まれたようなチクリとした感覚の後、ぼくの意識は飲み込まれた。

 その後も同じようなことが何度か続いた。

 時に、脳の中に赤い華が散るような、赤い命の奔流が身体中を駆け巡るような、朦朧する意識の中での、まるで夢の中のように甘美な時。……いや、もしかして、これは本当に夢なのだろうかなどと思う。

 けれど、それと同時に、ここしばらく身体が怠く、重くて堪らない日が続いていた。それが、彼女のせいなのかもわからないまま、その日はやって来たのだった。

 その日は、いつにも増して気だるかった。心なしか、家の中がバタついていて落ち着かず、意識が夢現(ゆめうつつ)の中を行ったり来たりしている。

 朦朧とする中、彼女の気配を感じた。いつの間にか、彼女が来てくれるのを待ちわびるようになっていたぼくは、とっくに魅入られていたのだろう。

「……苦しい?」

 初めて聞いた彼女の声。

 いや、今までぼくが聞いていなかっただけだったのだろうか……? 優しく甘い声に、ぼくは首を僅かに動かして否定した。

(……ああ……)

 彼女の指が、いつものようにぼくの肌をまさぐる。溜め息が洩れそうなほど甘く苦い時。このまま彼女に連れて行かれるなら本望かも知れない。

「もう少しよ……」

 切なげな彼女の声。どうか時間を止めて欲しい、などと願った瞬間、突然、彼女がぼくに覆い被さった。強く胸を圧迫され、息苦しさと切なさに身悶える。

(……このまま……ああ、このまま、ぼくは死ぬのか……それもいいか……)

 覚悟を決めたぼくの遠退く意識の片隅。

「だめよ、もう少し我慢して……!」

 彼女の叫ぶような声が耳をくすぐり、無数の華を裂いて引き千切ったように、赤く紅い何かがぼくの視界を烟らせた。

 同時に、ぼくの身体中から何かが失われて行く感覚。真っ赤に烟る視界に反し、ぼくの意識は真っ白になった。

 それが最後の記憶だった。

 極度の貧血症で枕も上がらぬ状態だったぼくが、誤ってぶちまけられた輸血用の血液を見て貧血に上塗りし、意識不明に陥っていたことを知ったのは数日後のこと。

 布団の上に横たわったままのぼくに、白衣を纏った美しい女医が説明してくれたのであった。
 
 
 
 
 
~つづ(かないチャンチャン)~
 
 
 
 
 
 
 
 

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詳しくはこちら→  https://note.mu/azamaro/n/n0e4fb86746bc
 
 
 
 
 
 
醸尻社・うたがわきしみ編集長 様
 
 
このたびは、『月刊・ほとんど病気』創刊おめでとうございます!
記念すべき創刊記念号に、私のような若輩者が寄稿をお許し戴き、誠に光栄であると共に深く感謝申し上げます!
ご期待に添えるよう、テキトーに……あ、や、肩の力を抜きつつ書かせて戴いた結果、ご依頼の『和風エロサスペンスホラー活劇』から、主に『活劇』要素が綺麗さっぱりすっぽり抜け落ちてしまいましたが、これも親愛たる故とご了承戴き、どうかお納めくださいますようお願い申し上げます!
今後とも(口だけの)精進努力を惜しまぬ所存ですので、何卒、よろしくお願い申し上げます!
 
重ねてお礼申し上げますと共に、貴社の益々の発展を祈念し、お祝いの言葉と代えさせて戴きます。
 
なお、ヘッダー編集も含めて一時間足らずでザックリ作ったため、まったく校正しておりませんこと、併せてご了承ください。 ←
 
 
 
     ゆー・りんちー 拝
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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