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薔薇の下で ~ Under the Rose 奇譚 ② ~

 
 
【~ Under the Rose ~】 秘密で・内緒で・こっそり

 
古代ローマにおいて

天井から薔薇の花が吊り下げられた部屋で話したことは

他には洩らさない、という暗黙の了解があったという
 
 
即ち、隠蔽、とも言える
 
 

 
 
薔子に絡め取られたぼくの運命。

ぼくの秘密を知っている、と言った彼女の言葉を、何故、ぼくはすんなり信じたのか。

もちろん、もしかしたらハッタリかも知れないじゃないか、と思わなかった訳ではない。だが、確信してしまったのだ。彼女が本当にぼくの過去の罪を知っていると。

逃れられないあの罪が、逃れられない運命を連れて来る。

薔子の放つ、甘美なまでの蜘蛛の糸。

もう、ぼくには逃れる術はないのだ。

薔子の脅迫に陥落して数日後のある夜、ぼくは彼女から詳しいコトの流れと、展開の持って行き方、そして何より、いくつかの絶対的な禁忌行動のレクチャーを受けていた。

もちろん、あの部屋のベッドの中で、身体中を絡め合いながら。

「ねぇ。結局、仮の名前は何にするの?」

薔子が吐息を洩らしながら尋ねて来た。

「もう、本名のままでいいかと思っている。珍しい名前でもないし、きみと違って他の名前を使うとボロが出そうだ」

少し皮肉を込めて答えると、

「……危険かも知れないわよ」

ぼくの首に腕を回した薔子がイタズラっぽく口角を上げる。

「今さら。きみにこうして首を絞められるより危険なことがあるのかい?」

自虐的な笑いを洩らし、ぼくは薔子の肌に唇を這わせた。

「……ん……人聞きの悪い……まるで私のこと……」

そこまでしか言わせずに、唇に言葉を閉じ込める。

しっとりと吸い付くような薔子の白い肌を、手で、唇で、身体中で味わいながらも、ぼくの中にはひとつの疑問が居座っていた。それをどうしても確かめたい気持ちが頭をもたげる。

だが、直に薔子が途切れ途切れの声で、ねだるようにぼくを呼び始めたので、しばらく意識をそちらに集中させることにした。

しなやかな脚を持ち上げ、吐息を洩らす薔子の唇を塞ぎながら、ゆっくりと身体を沈み込ませる。すると、ぼくの唇に閉じ込められた薔子の喘ぎが、お互いの唇の僅かな隙間から洩れ出して聴覚を刺激する。

無意識に逃げようとする薔子の腰を掴み、少しずつ、少しずつ、繋がりを深くしていくと、押さえ込まれた腰を支点に背中を反らせ、掴まれた脚を硬直させた。

溶けそうに熱くなっている薔子の奥の奥まで辿り着いたぼくは、そこからさらにゆっくりと彼女を押し上げていく。

ぼくの腕を握りしめ、薔子が声にならない吐息を洩らした。

昇りつめて行く彼女がぼくを締めつけ、息が上がる。眩暈を起こしそうな感覚に襲われた自分を何とか立て直し、最後の最後まで薔子を煽った。

震えながら大きく仰け反った薔子の身体。急激に力が失われ、グッタリとベッドに沈んだその身体を掬い上げ、腕の中に抱え込む。

薔子は気だるげに、まだ力の入らない腕を回してくると、ピッタリとぼくに身を寄せた。

しっとりと吸いつくように汗ばんだ肌を片手で撫でながら、もう片方の手で薔子の髪の毛に指を通す。

「……薔子……」

ぼくが呼びかけると、まだ乱れた息の下から潤いを帯びた瞳で見上げてくる。

「ひとつだけ、訊いておきたい」

その言葉尻に何かを感じたのか、ぼくに訝しげな目を向けた。

「ターゲットの女を部屋まで誘い込んだ後……」

ぼくは言いよどんだ。薔子はぼくの顔を見つめながら、黙って次の言葉を待っている。

「……その女を……抱かなければならない?……こんな風に……」

返事は、一瞬、遅れた。

「……それは、あなたしだいだわ」

その言葉を受け、薔子の方に顔を向けると、感情を全て押し留めた目。

「……それは……その時のぼくの気持ちしだいで、どちらでもいい……と言うこと?」

「そうよ」

ぼくは胸に沸き立つ感情を抑え、薔子の瞳を覗き込む。

「女が男を誘い込むより、男が女を誘い込む方が難しいわ」

ぼくの様子になど気づきもせず、薔子は事も無げに答えた。

「でも逆に言えば、部屋まで誘い込まれて来た……と言うことは、少なからずあなたに対してその気がある、と考えてもいいでしょう?」

坦々と答える薔子に、さらに複雑な感情が積み重なっていく。

「……後は、あなたしだい。あなたがその女を抱きたいか、抱きたくないか。抱きたければ楽しめばいいし、気がのらなければ席を外すフリをして部屋を出ればいい」

「……本当に?」

「とにかく、部屋まで誘い込んで、いい気分にさせるまでがあなたのノルマよ」

ぼくの首に腕を回しながら答え、口づけようとする。

「……じゃあ、きみは?」

彼女の口づけを受ける前に、ぼくは彼女の耳元に顔を寄せながら尋ねた。

「……え?」

顔を離し、ぼくの目を覗き込む。意味がわからない、とその表情が言っている。

「きみは、ぼくをここに誘い込んで抱かれたように、誘い込んだ他の男にも……」

「それはあなたには関係のないことだわ」

薔子は、ぼくの質問を途中で遮断するように答えた。

「私は私で、必要があればそうするし、必要なければ、その場でサヨナラよ」

珍しく、怒りにも似た感情を湛えた目でぼくを見据える。

だが、薔子のその様子に、逆にぼくも苛立ちを隠せなくなった。彼女の身体を返してのしかかり、ぼくの急襲に驚いている唇を塞いだ。

慄いて、本能的に逃げようとする薔子に、そのまま、再び、強引に押し入る。

さっきよりも、さらに強く薔子を押し上げながら、これは嫉妬だ、とぼくは自分で気づいていた。深入りし過ぎた自分に。

泣きそうな顔でぼくに縋りついて来た薔子を抱き締めながら、ぼくは身の破滅を持してもこの話を断らなかったことを激しく後悔していた。

━数日後。

ぼくは初仕事の日を迎えた。
 
 
 
 
 
 

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