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社内事情〔61〕~要求~

 
 
 
〔片桐目線〕
 

 
 流川に指定された日。

 社長にはいつでも放送に入れるように待機してもらい、専務とおれたちは要求通り、『雁首を揃えて』出向いた。奴の日本に於ける本拠地に。

 もっとも、流川の言う『雁首』代表は社長なんだろうが……そんな要求飲めるかっ!専務に出張ってもらっただけで充分過ぎる。

 R&Sの日本支社は、それなりの規模を誇るビルだ。高さは6階……7階か?そして前面の敷地が広く、ちょっとした校庭のようだ。その面積を取るためであろう、都心からは少し離れてはいるが、むしろ空港からの利便性は高いかも知れない。

 海外営業部は総出で出向いた。車内から見上げると、ビルの屋上には巨大なスクリーンが設置されている。常設なのか、今日のためにわざわざ設置したのかまではわからないが、派手なパフォーマンスが好きな流川の事だ……恐らく、このために活用しようと言うのは間違いないだろう。

 車から降りたおれたちは、屋上に人影を認めた。大きさからしても、大柄な外人の男たち。流川の手下に違いない。

 その時、突然、その大型スクリーンに映像が流れた。

「何だ?」

 皆がざわめいた瞬間、流川の姿と共に、設置されているらしいスピーカーから音声が飛び出した。

「ようこそ、R&S日本支社へ。式見物産の皆様」

 屋上に小さく見える人影。それがそのままスクリーンに映し出されていた。

 流川は相変わらず自信に満ちた、悪く言えば人を小馬鹿にしたような目で華やかに笑っている。記憶に残るままの印象。

(……変わんねぇな……)

 おれが営業として走り始めた時、その頃を誰よりも近くで共に過ごした流川。十年以上も前の事を、おれはいつの間にか思い起こしていた。

 忘れもしない、初めて会った時の第一声。

『いい面構えしてるじゃない。使えそうね』

 半年程度早く入社しただけの歳も変わらぬ女に……いや、その後、他の年長の人間にさえ、そんな事を言われた事はなかった。後にも先にもあの時限りだ。

 まだ大学を出たばかりでペーペーとは言え、血気盛んだったおれはカチンと来たが、その時は何とか堪えた。一応、先輩だと思ったのもあるし、女性相手に喧嘩する気もなかったからだ。

 何も言い返さず、顔だけは不満気なおれを見て楽しそうに笑い、右手を差し出すと、

『流川麗華よ。よろしく、片桐?』

 いきなり呼び捨てだった。しかも男同士のように苗字を。黙ったままその手を見つめるだけのおれに、更に笑顔が増す。

『あたし、あなたの事、気に入ったわ』

 本当に全てが上からだった。

 今にして思えば、気に入られたのが運の尽きだったんだな。どう言う意味の『気に入った』だったんだか。

 それでも、言うだけの事はあった。偉そうに言うだけの実績は出していたんだ。たった半年の新人が。おれだってそれだけは認めていた。いや、認めざるを得なかった。

 いいとか悪いとか、気に入るとか入らないとか、そう言う事は別にして、流川との仕事はやりやすかった。考えている事、次に打つだろう手が、互いに手に取るようにわかる。強引過ぎる手に付いて行けず、派手にぶつかる事も多かったが。

「……あら?雁首揃えて、って行ったはずだけど?」

「……ぼくじゃ不満なのはわかるけどね……悪いけど社長は中だよ」

 おれたちの声も拾うように、どこかにしっかりマイクを設置しているらしく、普通に洩れた専務の声も響き渡った。変わらぬシャアシャアとした口調の専務に、流川が鼻で笑う。

「まあ、いいわ」

 合図のように片手を上げると、後ろから里伽子を連れた二人の男が現れて映り込んだ。

(……里伽子……!)

 スクリーンに映る里伽子の顔はいつもと変わらず……少なくともおれの目には変わらないように見えた。少し不機嫌そうな、それでいて目を引かずにはいない目鼻立ち。特に乱暴な扱いを受けた風もなく、落ち着き払った様子に思わず安堵の息が洩れる。

 流川は、そんなおれたちの事などお構いなしで続けた。

「本当はもっともっと時間をかけて、ジワジワと絞めてやろうと思っていたけど……気が変わったわ」

 そう言って、流川が里伽子の顔をちらりと見遣る。やはり、この状況を長引かせないために、里伽子が何か、を仕掛けたのは間違いないようだ。

「時間をかけたらかけただけ、式見の社員が今の生活に近い状態が続くって事だものね。すぐにでも路頭に迷わせてやらなくちゃ気が済まない……だから、あたしの要求は三つよ。まずは式見義信!」

 流川の目が変わった。その目の中に、憎しみとも怨みともつかない、赤黒く燃え上がる炎のような色を宿す。それでいて毒々しく美しい華のように。

「……あんたが、あたしたちに……あたしの父にした事を公の場で肯定すること」

 その言葉で、おれは流川が過去の出来事の全て、を知っている訳ではない事を確信した。恐らくは、最初に社長が言い訳がましい事をしなかった潔さが、却って誤解させたままになった理由、なのだろう。

「その上で、式見を自ら解体させる事……」

 なるほど。『路頭に迷わせる』つもりなんだな。式見の全社員を。

 理不尽な言い草だ。専務も腹を立てているだろうし、もちろんおれたちだって同じだが、堪えて、とにかく最後まで聞くしかない。

「……それから最後に……」

 何とはなしに、おれたち全員が身構えた。隣にいる北条が、地味に足を踏ん張ったのを感じる。

「……片桐……あなた、今度こそ一生、あたしの手足として動くのよ。裏切りは許さない。ううん……裏切れないようにしてあげるわ」

 やはり、そう来たか……。

 皆がおれの方を、目だけで見ている視線を感じる。おれはその視線を受けながら、頭の中で言葉を選んだ。

 里伽子の命と引き換え、と言うなら、そんな程度の事で済むならハッキリ言って安い。

 ……のだが、大型ビジョンの中、流川の後ろに映る里伽子の目が怖い……。表情は変わっていないのに、その目がおれに「却下」と言っている。マジで怖い。

 おれは藤堂に目で合図した。

「さあ、返事は?断れるはずないわよね?このお嬢さんの事が大切なら」

 これ以上ないくらいに流川の赤い口角が持ち上がる。そして同時に、おれたちは見た。

 流川の口角に負けない勢いで、里伽子の眉が吊り上がったのを。
 
 
 
 
 
~社内事情〔62〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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