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社内事情〔50〕~搦め手~

 
 
 
〔片桐目線〕
 

 
 北条とおれは、ひたすらR&Sと関係のある企業を当たっていた。

 その間、流川たちは時々様子を窺うように連絡をして来る。鬱陶しいことこの上ないが、連絡が取れなくなっても困る。それにしても、妙に余裕を感じさせるところが不気味と言えば不気味だ。

 ……それよりも、藤堂はおれに不信感を持っただろうか。まさかおれの方から、彼を米州部から外すように働きかけた、などと思ってはいなかっただろう。

 もっと早く藤堂に話しておかなかったことを、おれは心底悔やんだ。根本くんの言うように、こちらから話しておけば、少なくともあんな形で知られるようなことにはならなかったのに。

 溜め息が出そうになるのを飲み込む。

 「片桐課長。お疲れのようですし、少し休憩してください」

 気配を察したのか、北条が声をかけて来た。

 「いや、大丈夫だ。ここは今のうちに押さえておきたい」

 数ヶ所、頑なにこちらに靡かない企業があるのだ。まあ、そんなに簡単に全てを覆せると考えている訳ではないが、何か裏を感じる。

 (別方向から攻めてみるか……)

 そう考えた時、おれの前にある電話が鳴った。直感的に流川だ、と判断する。

 「……式見物産・北部米州部……」

 そこまでマニュアル通り答えたところで、今、一番聞きたくない含み笑いが聞こえた。

 『私だって薄々わかっていて出たんでしょう?なのに律儀なことね』

 いちいち癇に障る。が、挑発なのは判り切っている上、そこに反応している時間が惜しい。

 「……何の用だ?早く言え」

 おれの返事に、さも可笑しそうに笑い出した。

 『ずいぶん我慢が効くようになったじゃない』

 (知った風な口を利くな……!)

 喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 「……おれは昔からそれほど変わっちゃいない。お前が見ていたのは、我慢する必要のない場面ばかりってことだ。それより早く用件を言え」

 抑揚のないおれの声に笑いを堪えているのか、流川は勿体ぶった様子で話し出した。

 『頑張ってるみたいじゃない。さすが片桐……ますます営業手腕は冴えているようね』

 「……いいから早く用件を言え……!」

 『せっかちねぇ。……まあ、いいわ。ひとつ言っておくけど、ウチと取り引きがあるところを漁っても無駄よ。例え、全てを覆せたとしても、ね』

 楽しげな声が響いた次の瞬間、電話は一方的に切れた。

 (……くそっ!何しにかけて来たんだ!)

 「……流川麗華ですか?」

 遠慮がちな北条の声。

 「……ああ。……ったく、人の神経を逆なでるのだけは達者だ」

 面倒くさい感全開のおれの愚痴に、北条はククッと笑い、

 「……向こうも少し焦って来たようですね。こちらの様子を窺う頻度が狭まって来てますから」

 などと、余裕綽々の体。思わずおれも笑いが洩れる。

 「……それに……確かに式見からR&Sに鞍替えしている社もいくつかはありますが……目先のことに心奪われて離れて行くような所なら、逆に今のこちらにとっては、手間なく篩に掛けられて手っ取り早い」

 笑いが洩れるどころか、おれは派手に吹き出した。北条の言う通りだ。こう言うところを、おれはかなり買っている。藤堂のようなタイプではなく、北条を選んだ大きな理由のひとつがここにもある。

 「……そうだな。あからさまな妨害行為も増えている。何だかんだ焦って来ている証拠だ。こちらも、もうひと踏ん張りするか」

 「はい」

 まるでゲームでも楽しむかのような声で答える北条に、頼もしさと心強さを感じて顔が緩む。里伽子の言う通り、おれには頼りに出来る相手がたくさんいたことに気づかされる瞬間だった。

 それを心から認識すると、今までの心持ちが嘘だったかのように軽くなる。同時に心に余裕が出来る。今まで見えなかったもの、考え付かなかったことが浮き出て来る。

 おれは式見に靡かないところの傾向を考えた。共通の何かがどこかにないか、洗い出し整理して行く。とことん。

 そもそも契約と言うのは、どこまでも利益の追求をしてナンボだ。当然、慈善事業ではないのだから。

 だが、契約を結ぶのは、その判断をするのは『人』だ。どんなに『私』を殺し、『公』に徹することが出来る人間だとは言っても、己を全く打ち消すのは容易じゃない。

 人間と言うのは、相手ありき、で信頼性や将来性を見出す生き物でもあるから。

 式見と手を結んだ方が有益と思われるのに振り向かない所、その理由を探る。おれたちへの信用性の欠如、とか言う理由ならある意味では仕方ない。そこを払拭する決定打を放たねば無理だろう。

 他の理由があるとしたら?裏を感じずにはいられない。

 「……北条。アプローチした所で靡かない相手……話した感じではどんな様子だった?」

 おれの質問に、北条は少し考える様子を見せた。

 「……そうですね。大半は門前払い、とでも言うのか……。様子も何も、名乗っただけで終わり!みたいな感じで、話も聞いてもらってないですね。何回となく掛けて、ようやく担当者に繋いでもらっても心ここにあらずと言うか、さっさと切ろうとすると言うか……」

 「……なるほどな。おれの方も似たようなもんだ」

 ……ってことは……どう言うことだ?当然、裏があるってことだ。R&Sからの何か、が。

 「……課長……他の手を考えた方がいいですかね?」

 「……そうだな……」

 少し考え、雪村さんが作ってくれた企業間の繋がりや取引傾向のファイルを開く。何度も目を通してはいるが、今さらにして気づくことがない訳ではないからだ。

 ふと、あるページに目が止まる。

 (これは、もしかしたら使えるか?)

 ページを捲るおれの手が止まったことで、動きを見守っていた北条が反応した。

 「片桐課長?」

 普通に行くなら素通りしていた場所だが……搦め手になるか?一か八か、とにかく当たってみるか……。

 「……北条。ここと……ここ……しつこく当たってみてくれ。おれは別方向から当たってみる」

 指し示した箇所を覗き込んだ北条は、少し考えていたかと思うと、

 「……あぁ……搦め手になるかも知れませんね。……了解です」

 一瞬でおれの意図を理解したようで、すぐにパソコンに向かい、何やらデータをはじき出した。

 (面白くないくらい頼もしいな)

 まだ事態が好転している訳でも何でもないが、思わず顔が笑ってしまうのを止められない。

 北条がキーを叩く音をBGMに、おれは受話器を持ち上げた。
 
 
 
 
 
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