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社内事情〔1〕~片桐と言う男~

 
 
 
〔大橋目線〕
 

 
 大橋征悟(おおはし せいご)。34歳。

 現・代表取締役 専務 付 筆頭秘書。同期入社で一番有名なのは海外営業部・北部米州部課長の片桐 廉と思われる。

 同期入社の片桐と初めて『会った』のは、当然、入社式の時……と思われるだろうが、実は、おれはそれより前から片桐の存在は知っていた。

 まあ、向こうはおれのことなど知らなかっただろうが。

 彼とは同じ大学ではなかったが、比較的近い位置関係にあったことや、学内のあれこれで何度もニアミスはしていた。

 何しろ、とにかく彼は目立つ存在だったから。いろんな意味で。

 入社式で顔を合わせた時もひと目でわかった。「うわっ!片桐 廉だ!」と。

 まさか、真面目にスーツを着た片桐と同じ社に入社し、顔を合わせることになるとは思ってもみなかった。

 彼は外見も目立つ男━精悍な顔つきの男前で背も高い━だったが、古い言い方をすると少しアウトロー的な雰囲気を纏いながらも文武両道と言う、非常に腹立たしくも華々しい存在で。

 しかも、海外生活もかなり経験があったようで英語も堪能、アメリカ仕込みのこなれた雰囲気と、男気あふれる日本男児の雰囲気と双方を兼ね備えていて、とにかくモテた。……男にも女にも。

 ひと言で表現するなら『人誑し(ひとたらし)』……と言う言葉がピッタリだったのだと思う。何だかよくわからないけど惹かれる。まさにそんな男だった。そのワリに、人付き合い自体は面倒くさそうにしていた印象があるが。

 それでも片桐は、その持ち前の魅力と行動力、全てをフルに使いこなし、海外営業部の頂点へと駆け上がった。現在、最年少で課長職。実績から言えば部長クラス以上だ。

 おれは最初から秘書として配属されたので、片桐との接点は多くはない。だが当初から、企画室を率いていた現在の専務秘書だったのもあり、年々、関わりが増えて来た気もする。

 ━ところが数年前。

 あれだけモテたにも関わらず、ある出来事から独身主義者になった片桐。

 社長や専務も責任を感じていつも心配している。……専務の態度はとてもそうは思えないが、これは本当のことだ。おれはいつも傍で見ているからわかるのだが、専務が一番責任を感じ、尚且つ、片桐のことを気にしている。

 まあ、その表し方が微妙なので、片桐にとっては迷惑千万らしいが。

 そんな風に、何年も女っ気なしだった片桐だが、ここ最近、何だか女の気配を感じる。普段の様子にも少し変化が見えるし、気のせいではないような気がするのだが……。

 ハッキリと言えば、おれは片桐をからかいたい訳ではなくて、純粋にその女性に興味がある。

 片桐は、相手から言い寄られたり迫られたりしたくらいで折れたり受け入れたりするような男じゃない。その辺り、融通が利かなさ過ぎるくらい古臭いところがあり、線引きも半端じゃないくらい徹底している。

 ……と言うことは、片桐自身が心を動かしたのだ。その女性に。いや、動かされた、と言った方が正しいのか。

 あの片桐をその気にさせる……そんな女性が本当にいるのか、と興味が湧かない訳がない。

 決して尻尾を掴ませない片桐だが、まあ、興味はともかく、おれは片桐に幸せになって欲しいと思う。これは本当の気持ちだ。

 いや、しかし、どんな女性なのか━。

 海外営業部・合同企画の立ち上げもひと段落した頃。数ヶ月前から何となく気になっていた、他社の動きが顕著になって来た。

 ━R&S社。

 社名を変更してから、どこか気になる動きをする。専務はもちろん、片桐もかなり気になっているらしく、お互いに目を離さず、逐一連絡を取り合っている状態。

 そして、同じく気になるのが、片桐宛にかかって来たと言う謎の女からの電話。関連がありそうで、どこかむず痒さを感じる。

 片桐は入社当時から目立っていた訳だから(正確にはもっと昔から目立っていた)、ゴタゴタに巻き込まれることも少なくなかった。それは否定出来ない。

 そして、そのほとんどが片桐が引き起こしたものではなく、周りが勝手に騒いで彼を巻き込み、収拾の尻拭いをさせられている、と言った印象。つまり、本人の意思に関係なく否応なし。

 むしろ、昔から人付き合いに関しては一歩引きたい、でも引かせてもらえない、と言う周りからの圧力で仕方なく、と言うところがあったように思う。元々の性格もあるのだろうが、嫌気が差しているところもあったように見える。

 彼は入社して早々、彼の預かり知らぬところでの彼を巡る女性陣の争いに巻き込まれ、それがその後もたびたび起きたことで、社内恋愛に関しては完全に拒絶しているところがあった。

 それを境に、一切、社内の女性との噂は出なくなった。いや、出さないようになったのだ。煙すらも。期待させることも、気軽に食事に誘ったり、優しくすることも、本気でつき合う気がない女性には全く示さなくなった。

 米州部にだけ女性がいないのは、そうした片桐の意思が少なからず反映されているのだ。もちろん、彼はそれを周りに悟らせたりはしない。『美女好き』を公言して憚らないのも半分はそのためだ(実際、女嫌いではないはず)。

 そんな片桐だが、完膚なきまでに『独身主義』になったのは、4年……もう5年近くになるか、その頃からだ。

 片桐の本当の心の奥深くなどおれにはわからないが、そのキッカケの大まかなあらましは知っている。もちろん専務も。だからこそ、専務は片桐のことを気にしている。

 今回、電話をかけて来た謎の女が、片桐の過去に関係しているのであれば厄介だ。片桐が特定の女を作らないのは、そう言う過去のゴタゴタが蒸し返された時に巻き込むのが嫌だから、と言うのも大きい。

 さらに言うなら、それが5年前のことに関連していたりしたら、最悪、我が社は総力を挙げての全面戦争になるかも知れない。

 出来るなら、過去の亡霊には眠ったままでいて欲しい。これはおれたち全員の共通した願いだ。

 ……と。

 午後からの打ち合わせのために片桐がやって来た。妙に機嫌が良さそうだが……何かあったのか?……あったんだな、あれは。何かが。

 「片桐課長、お疲れさまです。その後、R&Sの動きはどうですか?」

 「おつかれ。……動いたり止まったりの繰り返しだな。この動き、前にどこかで見た気がしてならない。それが気になるんだが……」

 片桐は、イラついていようがご機嫌だろうが、いつでも判断力には淀みがない。これは一種の才能とも言えるのかも知れないが、大したものだと思う。

 「伍堂財閥の方は?」

 「そっちは雪村さんや専務経由で多少は情報をもらえるからな。だが、今度の集まりも専務の代理でおれが出席しないといかんのかなぁ~。前回も部長クラスが日程調整つかないって行かされたが……窮屈でたまらん」

 そう言って、片桐は本当に嫌そうに頭を掻いた。

 「前回の集まりは那須でしたか……確か伍堂財閥の集まりは、いつも女性同伴の正餐でしたね」

 「そう。それも面倒だし、正装もな……おれの性には合わん」

 「もったいない。お似合いでしょうに」

 おれがからかうように言うと、つまらなそうな顔をして睨んで来る。

 「今回も、同伴はアジア部の今井さんにお願いしますか?」

 話を逸らすように訊く。

 「仕方ないな。米州部には女性がいないし、南原さんや松本さんを考えたら、今井さんが一番適任だろう」

 ……と、その時、廊下の向こうから専務がやって来るのが目に入った。

 「お~い、片桐く~ん、大橋く~ん」

 片桐が眉をしかめながら面倒くさそうな顔をする。その顔を見て、おれは吹き出しそうになった。

 (専務も心通じずに気の毒に)

 そうは思うものの、やはり遣り方が下手過ぎる。と言うか、専務のことだから、わざと、なのかも知れないが。

 「片桐く~ん。その後、R&Sの方は~?」

 「相変わらずの繰り返しです。これが気になって仕方ありませんが」

 片桐の言葉に、専務も真面目な顔で頷く。

 「絶対にウチに対する牽制、だと思うんだけど……今いちハッキリとした目的が見えないって言うか……」

 「ええ。まあ、ウチにとって、いい目的ではない、ことは間違いないでしょうが」

 「だよねぇ……」

 そう言って、皆で考え込む。

 「今度の伍堂財閥の集まりね。やっぱり片桐くんに行ってもらうことになりそうだから。その時にね、兄さんに少し情報もらって来てね」

 専務の言葉に、片桐は、心底、面倒くさそうな顔をしながらも、仕事だと割り切って頷く。

 「わかりました。ま、前回と同じおれが行った方が話は早いでしょうし……」

 「そうそう。それにね。兄さん、片桐くんのことすっごいベタ褒めだったよ。藤堂くんといい、礼志のとこは逸材揃いだね~って」

 片桐の不審そうな顔。専務の言うことはテコでも信じない、って勢いだな。

 「同伴、また前回と同じく今井さんでいい?林部長に根回ししとかなくちゃ」

 「……はい。まあ、海外営業部内では今井さんが一番適任でしょうから」

 「だぁ~ね」

 その後、合同企画の浸透状況などの報告があり、かなり好評を得ていると言う話に専務も嬉しそうに頷いた。

 しかし、この時、過去の亡霊たちは着々とこの世に甦り、虎視眈々と報復の時を狙っていた。
 
 
 
 
 
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