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魔都に烟る~part19~

 
 
 
 「……ローズ……いや、ルキア・ローズ・アシュリー。きみは自分が産まれた時の経緯(いきさつ)を知っていますか?」

 「……えっ……?」

 レイの問いに、一瞬、ローズは言葉に詰まった。

 「私が産まれた時の経緯って……特別なことは何も……ただ、両親は母の実家の都合で別れなければならなかった、としか……」

 「では、きみのその不思議な力については何か聞いていますか?」

 「……え、それは……」

 考えたことがない訳ではなかった。そして、悩んだことがない訳でも。

 「……受け継いだ力、としか聞かされていないわ」

 その説明だけで納得せざるを得なかったから。父の思いつめた目を見たら、それ以上の追及は出来なかった。

 「それ自体は間違っていません。……説明としては十分ではありませんが」

 その言葉は、レイが理由を知っている、と言う事実を指している。

 「……レイ……私の家を……アシュリー家のことを知っているの?」

 ほんの一瞬、レイはローズの目を見つめ、再び視線を落とした。

 「……一度だけ……アシュリー子爵に……きみの父上にお会いしたことがあります。……かなり前の話ですが」

 「……お父様に……!?」

 ローズの驚愕に、レイは視線を下げたまま睫毛で返事をする。

 「父上は……本当の紳士でした。私の父に対して、複雑な気持ちもあったと思いますが、そんな様子は全く見せず、半分は東洋人の私にも変わらない対応をしてくれました」

 思いもかけないところから父の話を聞き、ローズの身体が懐かしさで震えた。

 「きみの父上と母上は想い合って結婚したものの、母上の父上……きみにとっては祖父に当たるオーソン男爵は、二人の仲を反対していたようですね」

 そのことは、ローズも父から聞いて知っている。結婚前から散々反対された挙句、まだ幼かったローズを置いて母が実家に戻らざるを得なくなったことも。

 「何故、反対していたのか……それを説明するために、まず話さなければならないのは、アシュリー家とオーソン家、そして我がゴドー家がどんな役目と背景を担っているか、と言うことです」

 「……役目?」

 「そうです。貴族には国や王室を守り、盛り立てる役目がありますが、そのために特定の役目を負っていることも多い。その代表格がこの三家と言ってもいいでしょう」

 ローズには初耳であった。父からはそんな話を聞いたことはなかったし、女の子であった彼女に話すようなこともなかったであろう。

 「父の……アシュリー家の役目って言うのは……」

 訊くのが怖かった。しかし、訊かずにはいられない、と言う矛盾した気持ち。ローズの方を見ないまま、レイが小さく息を吸い込んだのがわかる。

 「代々、オーソン家は様々な問題を秘密裏に処理する役目を、アシュリー家はその処理された問題のさらに後処理を任されていました」

 「……様々な問題って……」

 ローズの質問に、レイは静かに目を瞑った。

 「……公に出来ない問題、合法的に処理出来ない問題を裏で片づけるのです。場合によっては闇から闇へと葬るのですよ」

 「……それって……」

 ローズの脳裏に、果てしなく暗い光を宿した目をした父の顔が浮かぶ。いつも穏やかで優しかった父が、時おり見せるその目が、ローズには不思議で堪らなかった。

 「……両家でどうにもならなくなった時、我がゴドー家が動くのです。完膚なきまでに消滅させるべく……」

 その言葉に、ローズは思わず息を飲む。その意味するところは、彼女にも容易に想像が出来た。

 「ゴドー家はその役目、故に、“伯爵”などと言う高爵位を有していると言っても過言ではない」

 「……じゃあ、アシュリー家は、今、叔父様がその役目を……」

 ローズの呟きにレイが頷く。父亡き後、ローズは父の弟である叔父の庇護を受けていた。

 「オーソン男爵は三家の交わりを良しと考えていなかった。しかし、どうしてもと言うのであれば、当然、伯爵家の方が良いと考えていた。それは爵位と言う地位や身分の問題だけではなく……」

 言い淀むレイ。ローズは次の言葉を待った。

 「……ゴドー家の血が欲しかったのでしょう」

 「……ゴドー家の血……?」

 「ゴドー家が三家の筆頭にいるのは、受け継がれている強力な“力”のせいです。魔力とは少し違いますが、代々の当主は多少の差こそあれ、全員がある“力”を持っています」

 レイの持っている不思議な力。それを歴代の当主全員が持っていた、と言うのであれば、恐ろしい一族としか言いようがない。ローズは自分の力のことは棚に上げて考えていた。

 「しかし……」

 レイは、ローズの思考を読んだかのように続ける。

 「私の力はゴドー家代々の力、だけではない。そして父が言うには、ゴドー家の力としても、私は歴代最強だそうです」

 ある意味で、ローズは安堵していた。レイが持っている力は、レイだけのものである、と言う事実に。それでも、その力の出所が気にならないワケではない。

 「……話を少し戻しますが、オーソン男爵はきみの母上と私の父の結婚であれば認めた、と言っていたそうです。現に、母上はアシュリー子爵と別れた後、私の父と結婚し……そして……」

 「ガブリエルが産まれた……」

 「そうです」

 ローズは自分の祖父であるオーソン男爵に、一度として会った記憶はなかった。

 「ただし、ガブリエルが産まれた時には、オーソン男爵によって二人は既に引き離されていました。ガブリエルを身籠ったとわかった時点で、母上は再び実家に連れ戻されたのです。母上がアシュリー家を去ったのも、何をするかわからない男爵からきみの命を守るためです」

 自分の祖父と言う人は、そんなにも酷い人間であったのか。ローズは初めて知る事実に愕然とした。

 「父は、母上やきみたちを助ける手段を求めて東洋へと渡った。そして、そこで……」

 レイは顔を上げ、はっきりとローズの目を見据える。

 「私の母と出会ったのです」

 ローズは、明らかになろうとしているレイの秘密に、呼吸をするのも忘れたかのように聞き入っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

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