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社内事情〔46〕~欲しい言葉~

 
 
 
〔北条目線〕
 

 
 ━月曜日。

 主だった営業メンバーが集まり、今後のことについて話し合う場が設けられた。当然、おれも出席した訳だが。

 雪村先輩が作成したと言う資料によると、とにかく流川麗華と言う(一応)先輩とロバート・スタンフィールドのコンビは、回り込んでジワジワと絞め付けて来たかと思えば突然動きを止める。少しして、またジリジリと詰め寄り、そして止まる。それを繰り返し、最後相手が焦れて油断したところで、一気に攻勢をかけて来るスタイルのようだった。

 つまり、止まっている間に水面下で、相手が思いもよらない下拵えをしている、と言う訳だ。

 片桐課長が言うには、とにかく流川たちの動きが止まってもこちらは止まらないこと。怯まないこと。そして何より躊躇わないこと。

 そのために課長が打ち出したのは、R&Sが手を出している企業の中でも、特にこちらが狙っていた相手に交渉する専任の担当を選び、とにかくひたすら手を返させて行く案。もちろん、その指揮は課長自ら取ると言う。

 今までは、一応の不可侵や遠慮をしていたところも、もう遠慮することはないし、手が回らなくて保留にしていたところも含めて、と言うことだ。

 この話を聞いた時にまず思ったのが、課長が普段の業務もこなしながらそこまでしていたら、身体がいくつあっても足りない、と言うことだ。今の状況でも、よく倒れないと思っているくらいなのに。

 専務や部長方もおれと同じことを考えたらしい。当然だ。もちろん反対だ。

 「片桐く~ん。それは確かに一番手っ取り早くて確実な方法ではある、と思うよ~?でもさぁ~今まで手が回らなかったところまで、って……ウチには、きみは……『片桐 廉』はひとりしかいないんだよ?そこんトコ、わかってるのかな?」

 緩いが、真っ直ぐに核心を突き刺す専務の言葉。誰もが息を飲んで課長の返答を待つ。

 課長は頷き、専務を真っ直ぐに見て続けた。

 「わかっています。そして、そちらを手掛ける以上、通常業務を全く同じように行なうのは無理だと言うことも。当然、米州部のメンバーには負担をかけることになってしまうことも、です」

 根本先輩と朽木は課長の隣で、黙って課長の言葉に耳を傾けている。

 「しかし、このままでは社の存続自体が怪しくなることも間違いありません。他部署にも迷惑をかけることはわかっています。しかし理解して戴きたい。少しの間です。他部署同士でも協力して戴きたい。私は……」

 一度、言葉を切った課長は、その場にいる全員を見回し、こう言った。

 「今回の件を長引かせるつもりはありません」

 自信に満ちた声で言い切る。

 そこにいる誰もが、信じずにはいられない『営業課長・片桐 廉』の顔。

 「……勝算があるのかい?」

 専務の問いに、

 「……今度こそ、必ず終わらせます。そのために、申し訳ありませんが、営業をひとり貸して戴きたい。ふたりで一気に仕掛けます」

 頷きながらそう答えた。

 「営業?誰?米州部はこれ以上抜けたら動けないでしょ」

 専務の言葉に、藤堂先輩が反応したことにおれは気づいた。片桐課長の手助けをしたくて堪らない、顔にそう書いてある。

 確かに藤堂先輩なら、今は企画室に在籍していても元は米州部の営業だ。能力的に考えても適任だろう。ただし、企画室の方は大丈夫なのか。いくら雪村先輩がいるとは言っても。

 しかし課長の答えは、おれの予想とは全く違っていた。

 「……欧州部の北条くんをお借りしたい」

 (えっ!?おれ!?)

 ミーティングルーム内がざわめく。おれの脳内も当然ざわめく。ついでに藤堂先輩が、今度こそ誰にもわかる反応を示す。

 「……片桐課長……!……微力なのはわかっています……が……」

 藤堂先輩がそこまで言いかけた時、課長は先輩に真剣な眼差しを向け、手で制した。

 「藤堂くん。きみの言いたいことはわかっている。ありがたい申し出だと感謝もしている。だが、きみには企画室の責任者として、対策と情報収集をしてもらわなければならない。きみがいなければ、企画室は十分に力を発揮出来ない……違うか?」

 課長の言葉に、藤堂先輩は唇を噛んで俯く。

 「北条くんにも、欧州部の他の地域の営業諸氏にも迷惑をかけることになる。だが、何とか協力してもらえないだろうか?」

 もちろん、おれ個人としての考えだけなら是非はない。……何故、課長がわざわざおれを指名したのかは定かでないが。

 だが、そうなると必然的に北欧の仕事を、多少なりとも、他のメンバーに肩代わりしてもらわなければならなくなるだろう。それを考えたら、おれだけの意見としては発言出来なかった。━と、その時。

 「北条。片桐課長に協力してくれないか?」

 突然、中欧担当の中岡先輩がおれに言った。全員の視線が先輩とおれに注がれる。

 「北欧の仕事で回せないことは、おれたち四人で分担して何とかこなしてみる。きみほどには回せないとは思うが、精一杯フォローする!……片桐先輩を手助けしてくれないか?」

 「……中岡……」

 片桐課長が驚いた顔で中岡先輩を見つめた。

 『片桐先輩』

 中岡先輩は、片桐課長と大学でもの先輩・後輩の関係に当たる。そこから来る思いが、こう言わせたのだろう。

 「……中岡先輩。よろしくお願いします」

 考えた時には、おれの口はそう言っていた。片桐課長の視線がおれに向いたのを感じる。

 「……片桐課長。おれでお役に立てるかはわかりませんが……」

 それを聞いた課長は不敵な笑みを浮かべた。

 「よろしく頼む」

 「はい」

 課長の言葉に、おれの返事。それで全て話は決まった。

 そこに、林部長と曽我課長に促されたように今井先輩が挙手した。何故かアジア部は、こう言った時の発言を今井先輩がするのが通例だ。

 「アジア部も微力ながら協力致します。欧米とアジアでは商法が違いますので、大きな手伝いは出来ませんが……各種書類の作成や手続きくらいならお手伝い出来ます」

 その言葉に、片桐課長の目が見たことがないくらい嬉しそうに光った。

 その場にいる誰もが、反対せず、口も挟まない。最初に矢島部長が言ったように、全員が課長の言う通りに動く心構えが出来ていた。

 話が決まり、おれはすぐさま北欧の現状を他の四人に話し、大まかな分担などを決めてもらう。こう言う時の南原さんの采配は、普段の天然言動からは想像もつかないほど早い。中岡先輩も目を見張るほどに。……何故なんだろう。

 同時に、今現在おれが担当している企業へ連絡を入れ、下地を作っておく。

 それが済むと、おれは片桐課長のところへと向かった。

 「片桐課長」

 「おう、北条。忙しいのに、本当にすまないな」

 「いえ。こちらが片づかないと、安心して仕事してられませんからね」

 おれの言葉にニヤリと笑いながら頷く。

 「専務が一室用意してくれた。このための専任の部屋を。そっちに移動しよう」

 近くの部屋まで移動しながら、おれは課長に訊いてみた。

 「片桐課長。ひとつお訊きしてもいいですか?」

 「うん?」

 「何故、藤堂先輩ではなく、おれを選んだんですか?」

 課長は専務が用意してくれた部屋を扉を開け、入るようにおれを促す。

 「……理由はいくつかある」

 設置してある備品を確認し、起動しながら課長は静かに言った。

 「まず第一に、企画室は藤堂がいなければ回らない。雪村さんは処理能力は高いが、まだ『人を動かす能力』に関しては藤堂に及ばない。これからありとあらゆる情報収集をしてもらう上で、企画室が滞っては困る」

 「はい」

 企画室のメンバーは全員優秀であることは間違いないが、確かに総合的にまとめることに関して、藤堂先輩を超えられる人はいない。ただでさえ忙しい室長には、そこまで回す時間もないだろう。

 「そして、アジア部は商法が違う。そこが一番のネックだ」

 そりゃ、そうだ。いくら今井先輩たちでも付け焼刃では難しいだろう。

 「それと、出来れば、ではあるが、この緊急時に於いて突然、藤堂をあの手のタイプに関わらせたくないのもある」

 「……え……?」

 おれは不思議に思って聞き返した。が、片桐課長はそのまま続ける。

 「新規企業への営業だけなら藤堂は最適だ。だが恐らく、奴らからのちょっかいが入るだろう。その時の対応を全ておれが出来ればいいが……そうもいかないからな。まあ、それは大した理由ではない……今は、な。手っ取り早く言えば、藤堂にはあまり向かないタイプの相手、ってことだ。そして、何よりも一番大きな理由は……」

 そこまで言い、課長は強い視線をおれに向けた。

 「……きみが一番適任だと判断したからだ」

 「……おれが……?」

 驚いて返すおれに、課長が力強く頷く。

 「もしもウチの朽木が、きみ程度の経験を積んでいたら、おれは根本くんか朽木とで何とか回したと思う。だが、朽木は能力は高いが、今のところ経験値のストックがなさ過ぎる。根本くんと朽木、どちらを選んでも身動きが取れなくなってしまう。そして、タイプ的には根本くんより朽木のようなタイプの方が、奴らに対するには向いている。……そう考えて行くと……」

 「………………」

 「今現在、きみが一番適任、と言う結論だ。能力的に見ても、総合的に申し分ない」

 そこまで……。

 この人にそこまで言われて頑張らない訳には行かない。

 この人にそう言わせることが、おれの営業としての第一の目標だったんだ。

 「……とりあえず、全力でやりますよ」

 おれの力の抜けた返事に、さも面白そうに笑いを浮かべ、

 「……ああ。頼りにしてる」

 心の内なんか全て見透かされてる言葉。おれが喉から手が出るほど欲しかった言葉だ。

 ……くっそ!何でこんなひと言がこんなに嬉しいんだ。この人に言われると。

 「……了解です」

 おれはニヤけそうになるのを必死で堪えながら、精一杯クールに返事をした。……つもりだ。

 怒濤の数日間の、本当の始まり。
 
 
 
 
 
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