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社内事情〔19〕~目撃者~

 
 
 
〔大橋目線〕
 
 

 
 
 米州部だけでなく、海外営業部全体……いや社を挙げてR&S社対策に乗り出し始めた。

 米州部は海外営業部の要であり、そこが崩れると欧州部やアジア部、果ては国内営業部にまで影響が及ぶことは間違いない。

 まずはR&S社の内情、つまりリチャードソン氏の消息を調べること。そして、今現在、R&S社を動かしているのが誰なのか、と言うことが問題だ。

 そんな中、リチャードソン氏と思しき人物をストックホルムで見かけた、と言う情報がアジア部の坂巻さんから、今井さん、片桐経由でもたらされた。

 それを受け、専務は北欧担当の北条くんに情報収集の協力を要請。彼はすぐさま、懇意の企業へと呼びかけた。

 並行して、伍堂財閥の副社長からも、R&Sの動向を追うために、我が社と直接の連携を図る提案がなされた。

 これは、こちらとしても願ってもない話だ。企画室の藤堂くんと雪村さんに任せることが出来る。

 年末に向かって慌ただしくなって行く。とにかく、リチャードソン氏の消息だけでもはっきりさせておきたかった。

 先日、涼子から寄木さんを見かけたと聞いた後、当時のことを少し話した。

 違う立場の彼女からの話は、当然、違う角度からの切り口。おれが知らなかった、気づかなかったことがいくつかあったこと……改めて浮き彫りになった事実に驚かされる。

 涼子とおれは職場結婚。ひとつ後輩だった彼女は、入社当初は経理部にいた。その後、総合部を経て秘書室に異動。我が社では珍しい異動組だ。

 「私は寄木先輩には結構お世話になってたから、何となく先輩が片桐先輩を好きなことに気づいてはいたけど……そうじゃなかったらわからなかったと思う」

 「そんな自然な感じだったのか?傍目にはわからないほど……」

 おれには少し驚きの事実だった。

 「寄木先輩、どっちかと言うとおとなしかったもの。ただ、一緒にお昼を食べてる時とか……たまに片桐先輩が社食に入って来ると目で追ってて、何だか嬉しそうだったのよね」

 「……そんなレベルか。じゃあ、彼女の方から片桐にアプローチするなんてことは……」

 「ないない!絶対にありえない!……と思う。片桐先輩からアプローチされても退いちゃうかも、ってタイプよ」

 確かにおとなしそうではあったが、おれも、まさかそこまで消極的な女性とは思っていなかった。

 では、何故?あんな大騒ぎに発展したんだ?

 「まあ、片桐先輩はすっごいモテモテだったもの……って過去形にしちゃ悪いけど。今でもモテモテでしょ?」

 「……だろうな。ただ、社内で見る限りは、あからさまにアプローチする人はもういなくなったな。結果が見えているからだろうが……」

 そこまで言って、おれは、ふと思った。

 「きみは?片桐には気がなかったのか?」

 涼子はおれの質問にキョトンとした顔をし、次いでケラケラと笑い出す。

 「私はないかな~。いえ、もちろん、初めてお会いした時、ずいぶん男前の人だなぁ、とは思ったわよ?普通にカッコいいなぁ、って。でも何て言うのか……」

 彼女は真面目な顔になって、言葉を探しているようだった。

 「……片桐先輩って、何でも揃っている、のに……う~んとね……何か、が決定的に抜け落ちてるな、って感じたの。……私はね」

 「……抜け落ちてる?」

 「……うん。うまい言い方かわからないけど。ほとんど完璧に近いスペックなのに、何か肝心なものが抜けてる気がして……ちょっと近寄りがたかった」

 涼子のその言葉に、おれは自分が今まで考えたこともなかった片桐の側面を垣間見た気がした。

 「たぶん……ね。逆に、そう言うところに惹かれる女の人も多いんだろうなぁ、と思う。……だけど私は、ちゃんと“私を見てくれる”人が良かったから」

 おれの顔にハテナマークが書いてあったのだろう。彼女は上目遣いでおれの顔を窺い、ニヤッと笑った。

 「征悟くんは、ちゃんと初めから私のことを見てくれてるな、って思ったわよ。それはつき合うとかつき合わないとか、そう言う段階以前の話でもね」

 「……ますます、わからないな」

 おれの言葉に、さらに得意気な笑顔。だが、すぐに真剣な顔に戻る。

 「片桐先輩が、自分で……自分の方から望んで見つめたい、見つめていたい、って思うような人がいるとしたら……どんな人なのかすごく興味があるわ、私」

 涼子のその疑問は、おれにも良くわかるものだった。

 おれも片桐が心を動かす女性が……いや、例えば女性じゃなくて友人であってもいい、いるとするならば、その人物に興味を持たずにいられないから。

 だが、彼女からの寄木さんの情報によって、それよりも気になり始めたのは、あんな事態に発展したキッカケだった。

 「……誰かが……何かを知って、そして……」

 おれの呟きに涼子は不思議そうな顔をする。

 「何のこと?」

 「ん?いや……それなら、何で寄木さんの気持ちがバレて、あんな騒ぎにまでなったんだろうと思って」

 するとさらに不思議そうな顔になる涼子。

 「……目撃されたからでしょ?寄木先輩が片桐先輩と一緒にいるところを……」

 「……えっ……?」

 「……え、違うの?」

 初耳だった。そんな話は、恐らく専務の耳にも入っていないはず。入っていれば、当然、おれの耳にも入るのだから。

 「当事者たち以外の介入……しかも第三者による目撃、と言う話は、専務やおれの耳には入っていない。その話はどこから……」

 「私たちの間では、もっぱらのウワサだったわよ?誰がどこで見た、とかまでは知らないけど」

 そうであれば、少し話が変わって来る。あの時、おれたちは、片桐を巡る寄木さんと他の女性陣の争い、と認識していたのだ。

 寄木さんが涼子が言う通りのおとなしい女性であったなら。しかも第三者の目撃の話が本当なら。その誰かが、あらぬ話を立ち上げて大きくし、大火事にさせた可能性が高くなる。

 「……誰だ?……あの頃は……」

 「……征悟くん……」

 おれの言葉に、涼子も眉根を寄せた。

 結果的に得をしたのは誰だ?いや、あんな騒ぎに発展させることを望んでいたのは?

 片桐が巻き込まれていたのは、単なる男女関係のいざこざと言うだけではなかったのか?

 何年も経ったから浮き彫りになった事実に、おれは胸騒ぎが湧き上がるのを隠しきれなかった。
 
 
 
 
 
~社内事情〔20〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 

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