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『小さいエヨルフ』の百字

朗読barで読んだ【『小さいエヨルフ』の百字】です。


【ほぼ百字小説】(4625) 部品になるための準備を始める。まだ他の部品を見てないが、どんなふうに組み立てられるかはわかっているし、自分がはたすべき役割もわかるから、やっておくこともわかる。わくわくしながらカレンダーに印をつける。

【ほぼ百字小説】(4641) 自身の言葉ではない言葉を自身の中で転がす。自身の言葉ではないからかうまく転がらず、転がしやすいよう形を変えたくなるが、それだと自身の言葉ではない言葉でなくなってしまうし自身の言葉になるわけでもないし。

【ほぼ百字小説】(4642) 自身の言葉ではない言葉を自身の中で毎日転がしているから、自身の内側には轍のようにその跡がつく。それで転がりやすくなり、自身の言葉であるかのようにすんなり転がるようになったあたりで、自身を裏返すつもり。


【ほぼ百字小説】(4792) 婆さんではないが婆さんの役。もし婆さんならわざわざ婆さんみたいにしないだろうし婆さんではない者による婆さんみたいな婆さんが婆さんみたいではない婆さんになれるはずもないから、婆さんではない婆さんでいく。

【ほぼ百字小説】(4652) 不吉なものとして、そこに立つ。何を行うわけでもなく、ただ、この先に何か悪いことが起きる、その予感として、そこに立つ。どうすればそういうものとしてそこに立てるか、それを見つけて、自分の身体に憶えさせる。

【ほぼ百字小説】(4669) 次の芝居の台詞をぶつぶつ回しつつ路地を歩いて顔を上げると今日も雲がものすごく、すごいすごいと感心するこちらに関係なく見る見る崩れて、もう次のすごいを作り始めるそんな爪の垢を煎じて飲みたいところへ夕立。

【ほぼ百字小説】(4694) 部品たちが集まって、まだ足りないところはあるが、ひとまず全体になってみる。噛み合わないところもあるが、全体として動けるし、全体として考えることができる。それで自分に足りないところを感じることができる。

【ほぼ百字小説】(4695) 自分が演じている役を演じる者が自分の他に三人いる。自分が演じていないときは他の三人の誰かがそれを演じていて、自分ではない自分を見るようにそれを見ている自分がいる。たぶん他の三人もそんなふうに見ている。

【ほぼ百字小説】(4810) 魚にならねばならない。もっとも、全身ではなく頭だけ。魚の頭の両側には大きな目があるが、なにせにわかの魚だから神経までは繋がっておらず、魚の口の奥から人の目で覗く。視界は悪い。それで今日も練習している。


【ほぼ百字小説】(4813) 舞台の上でシャボン玉を吹くのだが、なかなかうまく吹けなくてどうしたものかと困っているところに、玄関の隅から娘が幼い頃によく吹いていたシャボン玉液の瓶が出てきて、つまりそういうことだな、と玄関で練習中。

【ほぼ百字小説】(4815) ああ、あんなふうにアホなことを真剣にやれる大人になれたらいいな、などとよく思っていたものだが、六十一歳の今、真っ昼間に演出家とサシで、魚の頭を被ったままシャボン玉を吹く練習をしているぞ、あの頃の私よ。

【ほぼ百字小説】(4729) えーっ、次はもう本番かよ。大丈夫かなあ。いろいろと不安でいっぱいなのだが、それでもこの不安をわくわくだと自分に勘違いさせることくらいはなんとかできるようになった、というのは果たして上達なのか何なのか。

【ほぼ百字小説】(4742) ひとつの役を四人が日替わりで演じる。そんな芝居に出演しているから、昨日は自分がやっていた役を今日は別の誰かがやっているんだな、などと思いつつ家でぼんやり過ごしていて、あの世ってこんな感じゃなかろうか。


【ほぼ百字小説】(4755) 昔住んでいたあたりにできた新しい劇場で公演をしているその空き時間、昔毎日のように行っていた喫茶店でぼんやりしていると、これはあの頃の自分が見ている夢なのかも、とか、そういう芝居の一場面なのでは、とか。

【ほぼ百字小説】(4769) 洞窟へ出かける。箱の中に作られた洞窟で、もちろん本当の洞窟ではなく、紙と木で作られた嘘の洞窟だ。紙と木の嘘の洞窟の中で紙に書かれた嘘のお話に合わせて肉の身体を動かしている。嘘とか本当って、何だろうな。

【ほぼ百字小説】(4804) 楽屋に魚の頭が。すっぽり被れる大きさで、ここは私が使うものを置くところだから、私が被るものなのだろう。ドア越しにごぼごぼごぼと泡の音が大きくなる。あのドアが開いたらきっと海底だ。あわてて魚の頭を被る。


【ほぼ百字小説】(4793) ロングラン公演も今日で出番は終わりで、だから最後の空き時間。そうだ、あの河川敷へ行こう。結婚してすぐ、このあたりに住んでいた頃によく行った河川敷。バドミントンをしたり、かめくんと出会ったりした河川敷。

【ほぼ百字小説】(4795) 昔住んでいた町の懐かしい場所を順番に巡っていく。河川敷に商店街に市場に喫茶店、公園の丘で草の上に寝転んでから、公園を抜けて道路を渡って劇場へ。この楽屋もすっかりお馴染みの場所になったが、今日で終わり。

【ほぼ百字小説】(4796) 借りていた台詞、借りていた動き、借りていた視線を返す時が来た。終わってしまえば使わないのだからそれでいいのだが、自分がすかすかになったみたいで頼りない。この自分を返す時は、どんな感じがするんだろうな。

【ほぼ百字小説】(4797) いつもの店へと向かういつもの路地だが、ずっと歩きながら転がしてきた台詞を今日からはもう転がさない。さよなら、鼠婆さん。いっしょに歩くのは楽しかった。またいつか、どこかの町外れの道で再会できたらいいな。


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