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最近の【ほぼ百字小説】2024年4月19日~4月29日

*有料設定ですが、全文無料で読めます。

【ほぼ百字小説】
をひとつツイート(ポスト)したら、こっちでそれに関してあれこれ書いて、それが20篇くらい溜まったら、まとめて朗読して終わり、という形式でやってます。気が向いたらおつきあいください。

4月19日(金)

【ほぼ百字小説】(5155) 入ったのは目撃されており倉庫の出入口はここだけ。ついに機動隊が突入したが、影も形もない。熊はどこへ消えたのか。首を傾げて隊員たちが現場から立ち去ったあと、奥から身ぐるみ剥がれた男が、そいつが熊だーっ。

 こういう事件がありましたね、そのニュースを見て。いやもちろん、笑いごとじゃない。熊被害は深刻です。でも、ついこういうのを書きたくなってしまう。熊って足跡で人間を騙したりするし。

【ほぼ百字小説】(5156) 点検が必要です、と機械が言うので機械の中に入ったら出られない。食べ物は流れてくるしトイレもあるが、様子を見に来た同僚も出られなくなった。何かの腹の中で暮らすって、こんなのかも。そろそろ新人来ないかな。

 大きな何かの中で暮らす、というのはちょっと憧れますよね。そんなことないですか? 鯨の腹の中とか、うわばみに呑み込まれて、というのは落語ですね。あ、落語には鬼に呑み込まれて、鬼の腹の中で暴れる話もありました。でもまあ工場ってそんな感じですよね。大きな生き物の内部で働いている。そういうところから出てきた話かな。

4月20日(土)

【ほぼ百字小説】(5157) 夜走っていて、遠くからのその音が心地良いことに初めて気がつき、低くて重いごろごろにまぶされたぱりぱりぱりがいかにも電気楽器っぽい、などと思っているところにぽつぽつと来たから、慌てて商店街の屋根の下へ。

 走るのは夜で、前は音楽を聴きながら走ってたんですが、プレーヤーが壊れてなんにもなしで走ってみると、体重の移動とか筋肉の動きとか自分の身体の感覚だけでもけっこう退屈しないことがわかって、それからはずっとなんにも聞かずに走ってます。そのぶん外界の音がよく聞こえる。ということで、あったことそのまんま。

【ほぼ百字小説】(5158) 亀を飼っている会社なのではなく、亀が社長をやっているのだ。ちゃんと契約書も交わしている。契約書の文字は、もちろん亀甲文字。一日社長という契約だが、亀の一日が人間の何日にあたるのかをまだ人間は知らない。

 亀のいる出版社、という言葉から書いた。亀のいる会社から転がして、そしてこうなりました。それだけで、最近はよくそういうことをやってます。あんまりあれこれネタを考えずに向こうから来たものに反応したものをそのまんま書く。いや、前からそうだったのかもしれませんが。でも、【ほぼ百字小説】をやるようになって、これが5000を超えたあたりからまたちょっとやり方が変わってきた。さすがに自分の中にもうなんにもなくなったのかな。でも、今はこのやり方のほうがおもしろい気がする。私がそう感じてるだけかもしれませんが。小説というのは不思議でヘンテコでおもしろいですね。これを小説と感じる人の方が少ないようにも思いますが、ブルーハーツの歌詞を引用させてもらえば、そんなことはもうどうでもいいのだ。

【ほぼ百字小説】(5159) 人がいなくなったあと、犬たちは味のしなくなった骨を使って人のようなものを作ってみた。そんな人のようなものたちが犬たちと仲良く幸せに暮らせたのは、人でなく人のようなものだったからだろう、と言われている。

 これはなんでしょうね。何を思って書いたのかよくわからない。犬→骨→イブ、みたいな連想かな。犬がいらなくなった骨で作る、というのはなかなか神話としておもしろいと思うんですが。人はもういなくなってて、だからこれは犬が作った神話ですね。

4月21日(日)

【ほぼ百字小説】(5160) 何かひとつずれたり外れたりしただけで無理になってしまうのは現実も虚構も同じで、ずれたり外れたりする何かが現実の出来事でも虚構の出来事でも同じだから、現実と虚構は対立概念ではないな、と虚構の中で気づく。

 たとえば、演劇の公演なんてほんと綱渡りなんですね。ひとつ何かがあるとやれなくなってしまう。やってることは絵空事なのにね。虚構を支えてるのは現実で、そして現実側のトラブルで虚構が危うくなる、とか。まあそんな風なことを思わせられることがあって、それで。

【ほぼ百字小説】(5161) 第一幕の冒頭のシーンに登場してすぐに退場するのは、第二幕の終盤での再登場までの間に成長しておく必要があるから。まあそういう役なのだから仕方がない。そんなわけで今、楽屋でもりもり大量に食っているところ。

 演劇つながり、なのかな。演劇というのは不思議なもので生身の人間がリアルタイムにやってるのに、劇中の時間は進んだり戻ったりする。現実時間の通りのものもありますが、そういうのは珍しいくらい。映画だと劇中の時間と出来事にあわせて太ったり痩せたりします。映画だとそれが可能ですが、演劇はライブだからそうはいかない。でも、それが出来るとしたら。そういうことができる生き物がやっている演劇、とか。

4月22日(月)

【ほぼ百字小説】(5162) 桜吹雪のように見えたが蝶の群れで、あたりはたちまち真っ白に。見上げる空には雪雲のような黒い塊があるが、あれも雲ではなくて蝶なのだろう。では、あの中に見える稲光のような紫色の輝きもやっぱりそうなのかな。

 「のようなもの」の話、かな? 桜吹雪というのもそうですね。雪のように見える花弁。蝶に限らず、虫は集団になると怖い。あの花がじつは全部虫だったら、というのは、ちょっと前に書きました。そしてそれが集まって雲のようになって、そして――。最後の方はちょっと怪獣映画風。

【ほぼ百字小説】(5163) 自転車の前カゴに入れた生き物が進むべき道を示してくれる。子供用の座席をハンドルに付けていた頃を思い出す。あの頃の娘は、この生き物より小さかったっけ。そうだったそうだった、こんなふうに空も飛べていたな。

 自転車のハンドルのところと後ろと、二人子供を乗せているお母さんを何度も見かけて、大変だなあ、と思い、自分の娘が小さかった頃のことを思い出して、そして、ああE.T.って、これだよなあ、とか。あの映画では子供ですが、大人が前カゴにあれを乗せてるのもなかなかいい絵なのでは、とか。

4月23日(火)

【ほぼ百字小説】(5164) 近頃、物忘れがひどいと思ったら、こんなふうに記憶が飛んでいたのか。タンポポの綿毛のように頭から離れていく。消えるのではなく、遠くへ行くのか。風の強い日にこんな崖の上に来たくなるのも、そういうことだな。

 うちの近所には路地がたくさんあって、どこの道端にもちょっと前までタンポポが咲いてます。アスファルトと建物の隙間とか溝の中とか、ほんと、どこにでも生えてる。そして黄色い。それが今は次々に綿毛になってて、まあそれを見て。良く出来てますよね。あんな方法でばらまくなんて。それと、じつはこれ、小松左京の短編『すぺるむさぴえんすの冒険』のラストを思い浮かべながら書いた。ブラックホールに落ちていく箱船みたいな宇宙船から、逃がせるだけの情報を宇宙に発信していく、というシーン。まあ忘れていくんじゃなくて、あんなふうにこの肉体から遠くへ飛び立っていくんだったらいいなあ、とか。

【ほぼ百字小説】(5165) もし負けたらお前が払う。そのかわり勝ったら儲けは全部おれたちのもの。かなり負けがこんでいる奴にそんなことを提案されて喜んで金を出すカモがいるからギャンブルはやめられない。これはギャンブルですらないし。

 こんなこと言い出しましたねえ。大阪、今ココ。まあギャンブルで確実に儲ける方法はこれなんでしょうね。

4月24日(水)

【ほぼ百字小説】(5166) 最近、徘徊する死者を町中でやたらと見かけるようになったのは、戦死者が歩いて帰って来てしまうからだとか。政府は、戦死者が勝手に帰って来ないようにするためあらゆる手段を排除せず躊躇なく講じる、としている。

 まあ困るんでしょうね。そして、たぶん帰って来る死者を攻撃することになる。そんなものが帰って来ると厭戦気分とかが広まってしまいますから。

【ほぼ百字小説】(5167) 散華したのに帰って来る。帰って来てしまう。ここに入れてくれる約束だから、と行列を作っている。それはそうかもしれないが、ぐちゃぐちゃで帰って来られても困る。そう説得しようにも、ほとんどの死人に耳はない。

 ということで、帰って来る。ありのままの姿で帰って来られるととても困る。美しくない。ということで、これがいちばん困る。そして、死人に口なし、の反対? かどうかは知らんけど。

4月25日(木)

【ほぼ百字小説】(5168) 朝起きてテーブルの上を見ると、やはり置いてある物の配置が変わっている。気のせいかと思っていたが違う。動かすのはいちどにひとつか。まだルールがわからない。まだまだ様子を見るか、それとも一手打ってみるか。

 刑事コロンボの『断たれた音』の中で、チェスプレイヤーが二人、レストランで食事をしていて、市松模様みたいなテーブルクロスに胡椒の瓶を置くところからそれをチェスに見立てた勝負みたいなのが始まってしまう、というシーンがあって、まあテレビでそれを観たのは中学生の頃なんですけど、今も憶えてます。あの話は好きだなあ。まあそこから、かな。それと靴屋の小人の合成みたいな話ですね。一種のファーストコンタクトもの、でもあるかな。

【ほぼ百字小説】(5169) 菜種梅雨なのか筍梅雨なのか、とにかく雨が続いてからのひさしぶりの日差しで、待ってましたと洗濯物を抱えて物干しに出ると引き戸の前で亀も文字通り首を長くして待っていたらしく、私は洗濯物干し、亀には煮干し。

 今朝あったことそのまんまの日記。筍梅雨という言葉は最近知りましたがなんかちょっとコミカルでいいですね。筍流しなんて言葉もあるらしい。亀はほんとに戸の前で待ってます。あれは不思議だ。階段を上がって来る音でそうするのかなあ。亀の謎のひとつ。

【ほぼ百字小説】(5170) ずぶずぶ沈んでいく。どこにも平らなところはない。どこにも真っ直ぐなところはない。それでも、沈んでない、と主張する。周りといっしょに沈んでいるからなのか。ここへ来れば、沈んでないのがわかる、と主張する。

 日本中どこもかしこもこんな感じですね。沈んでないように見えてきたらいよいよ危ないかもしれません。

4月26日(金)

【ほぼ百字小説】(5171) 鼠がいなくなってひと安心していたが、もしかしたら鼠とその痕跡を見ないようにしているだけかも。我々にはそんな機能もあると聞いたことがある。コードを齧ってそんな調整を行うことのできる鼠がいる、というのも。

 何年ぶりかで侵入されてしまった、と大いにびびっていたのですが、数日で鼠はいなくなったのでした。めっちゃほっとしたのですが、でもなぜ出て行ってくれたのかわからない。それも本当。まあそんな話を、と思って書いたやつ。そう言えば、打楳図かずお の『わたしは慎吾』 の中で執拗に電気のコードが描かれるのですが、小林泰三さんは「あれはコンピュータのコードと電気のコードを勘違いして描いてるんではないか」という推理をしていました。ちょっと前に小林さんのことを書いたので、小林さんのことを思い出した。小林さんとそんな話をするのは本当に楽しかったなあ。

【ほぼ百字小説】(5172) 今日も有翼の何かが飛行している。有翼ではあるが、飛行にあの翼が使われていないのはわかっていて、だが飛行と翼とは無関係、とも言えないのは、いかにも飛びそうなその姿で世界を騙している、とも考えられるから。

 天使で一冊まとめたいと思っていて、それでこんなことを考えたのかな。あの天使の翼ですね。あれで飛べるとは思えない。大きさも構造も、とても飛べそうにない。でも翼で飛んでいるように見える。ではいったいどうやって飛んでいるのか、というのに対するちょっとひねくれた解答。世界をバグらせることで飛んでる、というのは、わりと新しい手のような気はする。

4月27日(土)

【ほぼ百字小説】(5173) 妻と娘から、太った柴犬の話を聞いた。太った柴犬、というのがどうもイメージできなくて、しかもその太り具合がすごくいい、というからさらにわからない。人面犬とかのほうがまだわかる。太った人面犬ならなおさら。

 このあいだあったこと、というか、会話そのまま。イメージというのは不思議なもんだなあ、と思った。太った柴犬は難しい。

【ほぼ百字小説】(5174) 軟弱地盤だから重ければ重いほど沈んでいく。石を抱かせるだけで沈めてしまえる。そんな利用法が見つかってから、あそこは墓地として有効利用できるようになった。いちばん底には使いものにならない基地があるとか。

 あっちでもこっちでも軟弱地盤という言葉が出てきますが、これは偶然ではないでしょうね。始めからできないことがわかっていて、みんながそれを知っているのに、それでも止められない、という状況になってしまっているんでしょうね。べつに今に始まったことじゃなく、この国のあるあるですけどね。

4月28日(日)

【ほぼ百字小説】(5175) ここに住むようになってからずっとその空間を占めていたあの冷蔵庫を同じ大きさの冷蔵庫と入れ替えるほんの数分間だけ、この景色が見える。次に見るのは何年後になるのだろう。というか、見ることはあるのだろうか。

 はい、あったことそのまんまです。ついに長いこと使ってきた冷蔵庫が壊れました。二十年です。よく働いた。そしてその後ろの壁とその下の床は、引っ越して来たときに見て以来だ。当たり前ですが。二十年にいちどって、もう皆既日蝕とかなんとか彗星とか、そんな感じですよね。そして、次が二十年とだとしたら、私は死んでる可能性の方が高い。そうか、もうそんな年齢で、そのくらいしか残り時間はないわけだ、とか。

【ほぼ百字小説】(5176) 耐用期間を過ぎた部分を切除することで全体としての延命が可能。まして、もう死んでいるのだから寿命に限りはない。適切に処理すれば少し小さくなるだけで以前と同様に動く。最近、小さいゾンビをよく見かける理由。

 ゾンビって、腐ってきますからね。だからずっと動くわけじゃないでしょうね。でも、こうやればかなり長持ちさせることができるのでは。それと、私にとって「小さいゾンビ」というのはけっこう重要なもののように思います。私の小説にはわりとよく「小さいゾンビ」というものが出てくる。なぜそんなものが出てくるのか、自分でもよくわからないんですが出てくる。こういうのは夢と同じで、たぶん自分でも理由がわかってないまま出てくるのでしょう。まあ小説に書く分には理由はわからなくていいんですけどね。わからないほうがいいのかもしれない。

4月29日(月)

【ほぼ百字小説】(5177) かつては皆に畏れられていたあの巨大怪獣、今ではその怪獣よりずっと高いビルの壁面に閉じ込められていて、出番になれば呼び出されてお馴染みの芸を披露しているとか。昔はそのビルを壊したこともあるらしいのだが。

【ほぼ百字小説】(5178) かつては畏れられた大怪獣だが、お座敷がかかると尻尾を振ってすり寄っていく。自分より強い者を本能的に見分けるのだろう。今は老人になったかつての子供たちにそんな自分の姿を見せるのも役目、などとしたり顔で。

 なんでそんなに金がかかるんだと評判の都庁のプロジェクションマッピング。それにゴジラが出てくるらしいですね。それにしても、そんなものに利用されるなんて、奴もずいぶん落ちぶれたもんだ、と。

 ということで、今週はここまで。

まとめて朗読しました。

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【ほぼ百字小説】(5155) 入ったのは目撃されており倉庫の出入口はここだけ。ついに機動隊が突入したが、影も形もない。熊はどこへ消えたのか。首を傾げて隊員たちが現場から立ち去ったあと、奥から身ぐるみ剥がれた男が、そいつが熊だーっ。

【ほぼ百字小説】(5156) 点検が必要です、と機械が言うので機械の中に入ったら出られない。食べ物は流れてくるしトイレもあるが、様子を見に来た同僚も出られなくなった。何かの腹の中で暮らすって、こんなのかも。そろそろ新人来ないかな。

【ほぼ百字小説】(5157) 夜走っていて、遠くからのその音が心地良いことに初めて気がつき、低くて重いごろごろにまぶされたぱりぱりぱりがいかにも電気楽器っぽい、などと思っているところにぽつぽつと来たから、慌てて商店街の屋根の下へ。

【ほぼ百字小説】(5158) 亀を飼っている会社なのではなく、亀が社長をやっているのだ。ちゃんと契約書も交わしている。契約書の文字は、もちろん亀甲文字。一日社長という契約だが、亀の一日が人間の何日にあたるのかをまだ人間は知らない。

【ほぼ百字小説】(5159) 人がいなくなったあと、犬たちは味のしなくなった骨を使って人のようなものを作ってみた。そんな人のようなものたちが犬たちと仲良く幸せに暮らせたのは、人でなく人のようなものだったからだろう、と言われている。

【ほぼ百字小説】(5160) 何かひとつずれたり外れたりしただけで無理になってしまうのは現実も虚構も同じで、ずれたり外れたりする何かが現実の出来事でも虚構の出来事でも同じだから、現実と虚構は対立概念ではないな、と虚構の中で気づく。

【ほぼ百字小説】(5161) 第一幕の冒頭のシーンに登場してすぐに退場するのは、第二幕の終盤での再登場までの間に成長しておく必要があるから。まあそういう役なのだから仕方がない。そんなわけで今、楽屋でもりもり大量に食っているところ。

【ほぼ百字小説】(5162) 桜吹雪のように見えたが蝶の群れで、あたりはたちまち真っ白に。見上げる空には雪雲のような黒い塊があるが、あれも雲ではなくて蝶なのだろう。では、あの中に見える稲光のような紫色の輝きもやっぱりそうなのかな。

【ほぼ百字小説】(5163) 自転車の前カゴに入れた生き物が進むべき道を示してくれる。子供用の座席をハンドルに付けていた頃を思い出す。あの頃の娘は、この生き物より小さかったっけ。そうだったそうだった、こんなふうに空も飛べていたな。

【ほぼ百字小説】(5164) 近頃、物忘れがひどいと思ったら、こんなふうに記憶が飛んでいたのか。タンポポの綿毛のように頭から離れていく。消えるのではなく、遠くへ行くのか。風の強い日にこんな崖の上に来たくなるのも、そういうことだな。

【ほぼ百字小説】(5165) もし負けたらお前が払う。そのかわり勝ったら儲けは全部おれたちのもの。かなり負けがこんでいる奴にそんなことを提案されて喜んで金を出すカモがいるからギャンブルはやめられない。これはギャンブルですらないし。

【ほぼ百字小説】(5166) 最近、徘徊する死者を町中でやたらと見かけるようになったのは、戦死者が歩いて帰って来てしまうからだとか。政府は、戦死者が勝手に帰って来ないようにするためあらゆる手段を排除せず躊躇なく講じる、としている。

【ほぼ百字小説】(5167) 散華したのに帰って来る。帰って来てしまう。ここに入れてくれる約束だから、と行列を作っている。それはそうかもしれないが、ぐちゃぐちゃで帰って来られても困る。そう説得しようにも、ほとんどの死人に耳はない。

【ほぼ百字小説】(5168) 朝起きてテーブルの上を見ると、やはり置いてある物の配置が変わっている。気のせいかと思っていたが違う。動かすのはいちどにひとつか。まだルールがわからない。まだまだ様子を見るか、それとも一手打ってみるか。

【ほぼ百字小説】(5169) 菜種梅雨なのか筍梅雨なのか、とにかく雨が続いてからのひさしぶりの日差しで、待ってましたと洗濯物を抱えて物干しに出ると引き戸の前で亀も文字通り首を長くして待っていたらしく、私は洗濯物干し、亀には煮干し。

【ほぼ百字小説】(5170) ずぶずぶ沈んでいく。どこにも平らなところはない。どこにも真っ直ぐなところはない。それでも、沈んでない、と主張する。周りといっしょに沈んでいるからなのか。ここへ来れば、沈んでないのがわかる、と主張する。

【ほぼ百字小説】(5171) 鼠がいなくなってひと安心していたが、もしかしたら鼠とその痕跡を見ないようにしているだけかも。我々にはそんな機能もあると聞いたことがある。コードを齧ってそんな調整を行うことのできる鼠がいる、というのも。

【ほぼ百字小説】(5172) 今日も有翼の何かが飛行している。有翼ではあるが、飛行にあの翼が使われていないのはわかっていて、だが飛行と翼とは無関係、とも言えないのは、いかにも飛びそうなその姿で世界を騙している、とも考えられるから。

【ほぼ百字小説】(5173) 妻と娘から、太った柴犬の話を聞いた。太った柴犬、というのがどうもイメージできなくて、しかもその太り具合がすごくいい、というからさらにわからない。人面犬とかのほうがまだわかる。太った人面犬ならなおさら。

【ほぼ百字小説】(5174) 軟弱地盤だから重ければ重いほど沈んでいく。石を抱かせるだけで沈めてしまえる。そんな利用法が見つかってから、あそこは墓地として有効利用できるようになった。いちばん底には使いものにならない基地があるとか。

【ほぼ百字小説】(5175) ここに住むようになってからずっとその空間を占めていたあの冷蔵庫を同じ大きさの冷蔵庫と入れ替えるほんの数分間だけ、この景色が見える。次に見るのは何年後になるのだろう。というか、見ることはあるのだろうか。

【ほぼ百字小説】(5176) 耐用期間を過ぎた部分を切除することで全体としての延命が可能。まして、もう死んでいるのだから寿命に限りはない。適切に処理すれば少し小さくなるだけで以前と同様に動く。最近、小さいゾンビをよく見かける理由。

【ほぼ百字小説】(5177) かつては皆に畏れられていたあの巨大怪獣、今ではその怪獣よりずっと高いビルの壁面に閉じ込められていて、出番になれば呼び出されてお馴染みの芸を披露しているとか。昔はそのビルを壊したこともあるらしいのだが。

【ほぼ百字小説】(5178) かつては畏れられた大怪獣だが、お座敷がかかると尻尾を振ってすり寄っていく。自分より強い者を本能的に見分けるのだろう。今は老人になったかつての子供たちにそんな自分の姿を見せるのも役目、などとしたり顔で。

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以上、24篇でした。

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