掴まない

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人は[幸せ]になる為に生きる存在なのだと思います。

ここでシェアする記事は、長年続けている[幸福]についての個人的考察です。

私が10年以上続いた摂食障害や極悪のアトピー性皮膚炎を無事に克服できたのは、これから紹介していく[考え方]のおかげでした。今のところ、これは生きる上でのあらゆる問題の解決にも役立っています。

みなさまにとって世界がより楽しく幸せなものになるように、必要とされる方のお役に立てれば幸いです。

【注意事項】

※私の言葉を[正しい]ものだと鵜呑みにしないでください。先ずはあなたが実践されてから、それが[正しい]のかどうか決めてください。

※実践がなにより大切です。
頭で理解するだけでは何の役にも立たちません。実践してはじめて[それ]はあなたをサポートする素晴らしい道具となります。

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第1に、基本はこれかなと。
掴むこと(執着)によって苦しみが生まれます。苦しみから解放されたければ、掴んでいるモノを手放す事です。

とある昔話です。

壺の中に美味しい餌を見つけた鶴が、脚をその壺の中に突っ込み、餌を掴めるだけ掴みました。そこまでは良いのですが、壺の口が鶴の脚がちょうど通るくらいの大きさだったので、餌を掴んだ脚が引っかかり壺の外に出すことができず、その鶴は身動きが取れなくなってしまいました。

鶴は餌を食べたいが為に餌を掴み続けましたが、食べることもできないし、そこから動くこともできません。そこに猟師がやってきて殺されそうになって初めて、鶴は掴んでいた餌を手放して大空に羽ばたき、無事に逃げられたのでした。

まあ、そう言うことです。

何も掴まなければ、失うものがないので奪われる不安や傷つけられる悩みから解放され楽になります。

手放して
手放して
手放して…

最終的に残るのは、おそらく[生]への執着(死への怖れ)だと思います。
生存本能ですから仕方ありません。

私の場合、病んでいた時期は『いつ死んでもおかしくない』と医師から告げられていたこともあり、実際に身体がボロボロだったのでリアルに実感もあり、常に死への恐怖が付きまとっていました。

ですがある時

『もう、この命、全て天に捧げます』と神(=自身)に誓い、本気で覚悟を決めた事で、生への執着を手放せ、死への恐怖がなくなりました。

注意事項ですが、これは決して命を粗末にする事ではありません。 生きることを放棄しているわけでもありません。

天に捧げるというのは、我欲を捨てた貢献の精神のようなもの。

それは[生きる]より[生かされている]という感覚。[欲しい]より[与える]感覚です。

苦しみから解放されるには、先ずは今あなたが執着しているものを手放す事です。

周りに振り回されず、雑音に惑わされず、あなたの人生の舵取りを、あなた自身が責任を持っておこなってください。

この考え方はまた、別の視点からは違う見え方もするので、白か黒かハッキリさせないでください。50%くらいに留めておいてください。

バランス感覚が大切です。
今日はここまで。

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月涛賀ゆう

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