生産性の限界を超え、ボクは2拠点ワークで人間らしさを取り戻す

痛ましい、本当に痛ましい事件が起きた。同じ小学生の子を持つ親として、不安でならない。

「もしも…」

これ以上は、もう、言葉にしたくもない。

異常な街

今日、新宿駅を歩いていて、言い知れぬ恐怖感を覚えた。

もし今、通り魔が突然襲いかかってきたら…

これだけ多くの人が行き交うのだから、何が起きてもおかしくない気がしてしまう。この人を追い抜いたら、体が少しでも触れたら、突然、腹を立てて襲いかかってくるのではないか。歩きながらそんなことを考えてしまった。

19で上京し、人生の半分は東京で過ごしてきた。もうすっかり慣れたつもりでいたが、東京は、異常だ。

みんな、「少しでも他人より早く・多く」何かをしようとしている。そして、常にイライラしているように見える。

それを煽るように、街中、コンプレックスにつけ込んだ広告が溢れている。

ボクは思う。ヒトという生き物が密集して生きるのは、もう限界なのではないだろうか、と。

密度と生産性の限界

「もっとロジカルに、生産的に働かなくてはならない」

ずっとそう思ってやってきた。でも、極限まで生産性を追求した結果、いつの間にか街を歩いていても空を見上げなくなり、木々の葉色の移り変わりに気が付かなくなっていた。

「あぁ、空の色ってこんなにキレイだったんだ」と思い出したのは、体を壊して会社を休んでいたときだった。

人の暮らしも、同じではないか。

密度が高まれば、効率的になる。ヒト・モノ・カネ・情報。集まれば早くなり、集まれば強くなる。それが東京という街だ。

でも、「ある所」まで密度が高まり、生産性が上がりきったとき、人はきっと、「ついて行けなくなる」のだと思う。

技術は、これからも進化するだろう。でも、それを使う人間にはきっと、進化の限界があるんだ。ゲームの世界で、剣や盾はいくらでも鍛えられるが、それを纏うキャラクターのレベルは、99を超えることがないように。

ボクにとって、東京と長野の2拠点ワークを実現することは、きっと「人間らしさ」を取り戻す戦いなのだ。

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涙がチョチョぎれるほど嬉しいです!!
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藤森 ユウワ

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