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国連志望だったぼくが、ボスコンに入ってやめるまで。

どこにもきちんと書いたことがなかったので、ちゃんと記録しておきます。

2018年3月にBCG(いわゆる、ボスコン)を退職しました。

ぼくは、過去を振り返るのが得意じゃないです。
だけど、もしかしたら僕の経験が誰かの役に立つかも知れないし、自分にとっても色々と整理になるかなと思い、退職エントリを書くことにしました。

このnoteでは、大学時代にBCGを選んだ理由から、なぜ辞めたのか、まで記述したので、予想以上に長くなってしまいました...お時間の無い方は、興味のあるところだけ読んでいただければと思います。

1. 略歴

・岩手県野田村出身 (盛岡市から3時間、八戸市から1.5時間の田舎 of 田舎。だいたいの自称田舎育ちには余裕でマウント取ります)
・岩手県立不来方高校外国語コース卒業 (偏差値は50弱くらい)
・東京大学農学部卒業 (農業経済学をやっていました。大学4年次にはパリにいました。)
・学部卒新卒でBCG東京オフィスに入社、上海にいったりL.A.に行ったりして、丸4年勤める
・Dayone株式会社を創業し、コミュニティタッチツールを提供 (今)

...そもそも僕は新卒でBCGしか受けていません。
イキってたとかではなくて、他の企業は受けられなかったのです。
実は大学院も合格していて進学する予定だったのですが、それが狂ったことで、たまたまBCGだけ受けることになりました。
時は、大学4年の8月までさかのぼります...

2. 新卒でなぜBCGを選んだのか?


「参ったな・・・国連、入りたくないかも。」
パリのチャイナタウンにあった留学先の大学の宿舎で、僕は苦悶していました。

大学4年の4〜12月まで、僕はパリに住んでいました。
パリ農工大学(AgroParisTech) という大学の大学院に留学して、同時にOECDというパリにある国際機関でインターンをしていたからです。

もともと僕は中学生2年の頃から、国際機関で働くことに強い憧れを抱いていました。
そこからの選択は全て国際機関で働くことをゴールとした逆算でした。
外国語コースのある高校を選んで語学を身につけ、大学では競争が少なそう(失礼)な農業経済学を専攻。パリに留学したのも、OECDのインターンに応募するためでした。留学中には一時帰国して大学院も受験しています。

(余談ですが国際機関のインターンはだいたい学部生は行けません。ぼくもそれを知っていたのですが、なんとか行きたかった。そこで、フランスを選びました。フランスだと大学は学部3年なので、日本の学部4年で留学に行くと大学院1年として留学させてもらえるんです。ぼくはそうして大学院生の肩書をGetして、インターン参加資格を得ました。)

それぐらい強い気持ちがあって、念願叶ってOECDで働き始めたのですが、自分の中で少しづつ、でも確実に、違和感を感じ始めていました。

「国際機関でやっていることって、リアルに世の中を良くしているのかな?」と。

きっかけは、食料廃棄減少プロジェクトに携わっていた時です。
各国の食料廃棄量を試算してそれを各国での貨幣価値に換算し、国としての経済的損失額を算出するプロジェクトでした。
アメリカは食べられる食材を130kg/人廃棄しているよね、お金に換算すると一人あたり10万円捨ててることになるね〜みたいな、そういう感じです。
無事チームとしてレポートを出したのですが、その頃ぼくはもやもやする気持ちを抱えていました。
当然アメリカ人は大量に購入して130kg捨てる生活をするのが合理的だからそうしているのであって、「それ経済的損失ですよ」といったところで意味ないんじゃないかな〜と。
予防線張っておくと、もちろん、そのOECDレポートを見て国が強いアクションを取り、それにより個人の経済合理的アクションが変化することはあると思うのですが、一言で言うと「遠いな」と思いました。

その頃から次第に、世の中を変える近道は、個人個人のアクションを経済合理性の側面から変えるもの = ビジネスなのでは?と思うようになり、急激にビジネス界への興味が湧いてきました

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そんなもやもやを抱えながら、大学4年の12月末に日本に帰国しました。

その頃には周りの友人はみな進路が決まっていて、僕もそのまま大学院に進学する予定になっていました。

しかしそもそも僕が大学院に進学しようと思ったのは、国際機関で正規雇用されるために必要だからです。国際機関へのもやもやは、「大学院行くのやだなあ」という気持ちに変わっていました。

そんな時、たまたまランチを一緒した友人にその話をしたところ、「私ボスコンに内定してるけど、2015卒なら受けさせてくれるんじゃない?聞いてみよっか?」と言ってくれたのです。

ボスコン...外資コンサルとして人気とされる企業で、東大・京大の人がやたらといます。笑
実は大学3年生の頃に外資戦略コンサルファームでもいくつかインターンをしていたので、その存在は知っていましたし、ビジネスの素養を身につける上ではベストな環境かな、と当時から思っていました。
しかし外資系は採用が早く、当時は大学4年生になる前に内定をもらう会社というイメージで、自分はエントリー出来ないだろうなと諦めていました。

そんなところに転がり込んできた機会でした。
外資コンサルであればビジネスの素養が付きそうだし、しかも高校から借りてるこのデカい奨学金も返せそうな給料だし・・・と考えると、そのチャンスを逃すわけには行きませんでした。

そのまま2015卒として面接→インターンを行い、なんとか内定を得ることができました。時は大学4年の3月1日。まさに卒業直前でした。

ということで、僕がBCGに入ったのは偶然の産物であり、まさに拾われた、というような形でした。いまでも紹介してくれた友人には感謝してもしきれません。

3. BCGで具体的に何をしていたのか?

専門領域としてはヘルスケア事業を中心として働いていました。
新卒で入ると専門性はほとんど無いので、大体の場合はいろんな領域のプロジェクトをやって、適正を見てもらうことになります。
僕の場合も1年目の最後にヘルスケアプロジェクトに携わったことが、その後のBCG生活を決めました。
ヘルスケア領域は比較的短期かつ戦略検討プロジェクトが多く、外資系クライアントや海外プロジェクトも多いため、論理的思考力や英語が得意だった自分には向いていたのかもしれません。

このヘルスケア領域での経験と、L.A.勤務中にアメリカのサプリメント業界に触れた経験が、後に会社を辞めてサプリメント事業を立ち上げる一つのきっかけとなりました。

BCGでの経験については、別途踏み込んで書ける機会があればいいなと思います。

4. BCGで得られたこと

BCGでは本当に多くのチャレンジをさせていただきました。ほとんどが機密事項で記述出来ないのですが、以下の3つが特に得られたことです。


a. アメリカで、日系企業のゲタなく働けたこと

特にコンサルティングというのは、「言葉を売る商売」です。
L.A.で、自分以外全員ネイティブで、偉くもないので特段特別扱いもされない環境で働くのはぶっちゃけきつかったです...でも、本当にいい経験になりました。僕に期待して投資してくれた上司には本当に感謝しています。
(どこかで、日中米のコンサルの違いについて思ったことなどまとめられたらな、と思っています。)


b. めちゃめちゃ頭がいい人たちと仕事できたこと

僕は頭の良さには3ベクトルあると思っています。
「思考の速さ」、「思考の深さ」、「非連続的な思考能力」の3つです。
BCGには前の2つのどちらか、あるいは両方を持っている人がたくさんいました。
そういう人と働いていて何がいいかっていうと、「話しててたのしい」んですね。知的好奇心旺盛な人や、議論好きな人には最高な環境だと思います。

また、そんな超優秀な人たちの中でなんとか生き残れたのは、自分にとっても「こういう稼業なら食べていけそう」という自信に繋がりました。

ちなみにBCGは日本で最もシェアが大きい戦略コンサルティングファームです。
確か世界でマッキンゼーよりもBCGのシェアが大きいのは、日本、フランス、韓国だけだった気がします。要はローカライゼーションの必要性が大きいところだと強いっぽいです。

BCGでは頭もいいけど泥臭く仕事に取り組む人が多く、スノッブな人はほんとにいませんでした。ほんとにいい人ばかりでした。

c. プロフェッショナルとしての自分自身への期待値を高く設定できたこと

最近はよくなっているみたいですが、僕がいたころはそこそこ激務でした。そのおかげで今でも長時間働く体力と気力がありますし、経営者として非常に役立っています。
また、「自分で自分のケツを拭く」ことや、「部下の責任は自分の責任」というマインドセットなど、"プロフェッショナルかくあるべき"というようなことを社会人の最初のステップで学べたことは非常によかったです。

5. なぜ辞めたのか?

僕にとって究極的な目標は世の中をよくすることです。
そのための手段としてビジネスが効果的であると思い、ビジネススキルを身に着けようとBCGに入りました。
ですから、修行の気持ちが強く、もともとどこかのタイミングで自分でインパクトを生むべく起業しようとは思っていました。

もちろん、後に共同創業者となる橋本もちょうど同じ時期に西海岸で勤務しており、二人でアメリカを旅行しながら話し合い決断したのがこのタイミングだったということもありますが、直接的な理由は1つです。

それは、「これ以上BCGにいても起業の成功確率は上がらないと思ったから」です。

関係各位に勘違いしていただきたくないのですが、BCGにいた4年間の経験はめちゃめちゃ事業に活きています
特に徹底的に鍛えられた論理的思考力やプロフェッショナル意識は本当に宝物です。


しかし、PLに責任を持ってゼロイチのチャレンジをすることはできませんし、ビジネスのキホンである営業は偉くならないとできません。

また、自分が身につけているスキルが、ビジネスパーソンとしての普遍的スキルではなくコンサルタントに求められるものではないか?もっというと、BCG個社に求められるものではないか?とだんだん感じ始めていました。

別に起業することは全然偉くないですし、起業家として成功する人がコンサルタントとして成功する人よりも優れているとも思いません。単純に業務領域やスキルの問題として、「ズレてきたかな」と思ったということです。

ちなみに、元マッキンゼーパートナーのDeNAの南場さんが創業初期に相当苦労されたエピソードを記載している『不格好経営』を定期的に読んでいたことも、BCGでステップアップしても起業したら苦労するんだろうな〜と思った理由の一つですw

6. 辞めてからやっていること

現在は、上述の橋本と、僕の知る限り最も優秀なエンジニアである山本、そして僕、という大学時代の同期3名でDayone株式会社を経営しています。

もともと会社を辞めた当初は、ヘルスケア業界での経験とアメリカ勤務時に培った知見、独学で取得したサプリメントアドバイザー資格を武器にサプリメント通販事業を行っていましたが、色々とあって事業を畳みました

しかし、サプリメント事業運営のなかで得たインサイトがきっかけで【commmune】というコミュニティタッチツール事業を立ち上げることができ、ありがたいことにようやく事業として形になってきています。

(サプリメント事業を辞めてコミュニティタッチツールを提供することとなった成り行きについてはコチラを参照)

いや〜しかし、やめるときには、自分が一年後こういうサービスを行っているなんて想像していませんでした...笑

これからも山あり谷ありかと思いますが、これまでもなんとかなったし、これからもなんとかなるでしょう。
というか、なんとかします。

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最後になりましたが、改めてお世話になったBCGの皆様、本当にありがとうございました。
社会人の最初のステップをBCGで過ごせたこと、皆様との出会い、全てが財産です。

辞めてからはいつも198円の冷凍パスタばっかり食べているので、気軽に食事に誘ってください。(切実)
今後ともよろしくお願いいたします!

Twitterもやってます!→→ https://twitter.com/belgrou

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COO橋本のグーグル米国本社退職エントリはこちら
いち読者としてとても読み応えがありました。

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高田優哉@commmune

コミュニティタッチSaaS 【commmune】を提供する コミューン株式会社のCEO。 岩手の田舎→東京大学→BCG(日中米)→現職。日本一筋トレするCEOを目指してます。 SaaS / ユーザーコミュニティ / コミュニティサクセス / コミュニティタッチ

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