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私は私以外に興味がない。


ような気がする。
「他のものなんて何もいらない!」とか、強く意識して思っているわけではないけれど、

普段、素を出せる恋人相手に、何のしがらみもなく言葉を発していると、

私は私の話ばかりしている。

よくもまぁ恋人は「うんうん」と頷いてくれるものだ。

人の目を気にしているっていう話もそうだ。
私はよく人の目を気にする。人前で喋ることが大嫌い。「どう思われているか」が気になって仕方ない。

人には「自意識過剰」なんて言われて、それをネットで調べてみたら、「自分のことにしか目がいっていない」と書かれていたりする。


私は、外では周りを気遣っている、つもりだ。


でも、もしかしたら、本当に気にしているのはネットで言われている通り、「自分」だけなのかもしれない。


私はこのnoteを「心で起きていることをメインに書いていきたい」と思って始めた。
それは誰の心かって言うと、私だ。
他の誰でもない、私の心だ。


大学は心理学科に行ったけれど、それも
心理カウンセラーになって、心のことで困っている人を助けたいという気持ちよりかは、やはり、自分のストレスとの付き合い方を学びたいという方が大きかったように思う。


休日には、友だちと遊ぶよりも自分の部屋で自分とだけ向き合っていたい。友だちと遊ぶことにお金をつかうより、自分のためだけにお金をつかいたい。


そして、あまり、人の「こうした方がいいんじゃない?」に耳を傾けない。
仕事場とかではもちろん聞くけれど、プライベートや学生時代の美術部の活動なんかでは、絶対に他の人の言葉に耳を傾けないタイプだった。

noteだって、文章を書き始めたけれど、これは他でもない自分のためなのかもしれない。
「読んでもらいたい」と言いながら、その相手は今を生きる他の人ではなく、未来の自分だったりする。だから、なかなか他の人のための文章が書けない。


自分のことが嫌いだ大嫌いだ、なんて言いながら、本当は自分のことにしか興味がないのかもしれない。
「嫌い」と言いながらこうやって自分のことを書いているのだ。
やっぱり、自分自身にしか興味がないと言っても過言ではない。

そんなことないはずなんだけどなぁ(´-`).。oO


職場では、先輩達の話に合わせようと頑張っているし、先輩がこれいいよって言ったアプリをダウンロードしたりするし。


でもこれだって本当は苦痛なんだって、今思った。
自分が良いと思ったアプリじゃないのにダウンロードすること。あまり興味のないコスメの話に必死でついていくこと。


苦痛だって思っているから、その後がないんだよな。先輩達と遊びに行ったり、とか。

社会人だ。

人から求められていることを提供して初めて生きていける。

そうなる必要がある。


だから必死になって、提供できる人間に近づいていこうとしている。


でも、

根本が「提供者」じゃないのに「必死に」そうなろうとしているから、やっぱりどこかで歪みが出てくるのだろうなぁと未来を案じている。


✴︎


他の人よりも自分自身に興味がある。
私が発信できるのは、自分自身のことだ。

そこで、自分を好きになってもらえたのなら、私の文章も「提供」に繋がるのかな、なんておこがましいことをちょっと思った。

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