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「してあげる」を捨てろ

男尊女卑。兼ねてから言われてきた言葉だ。大昔、日本、いや世界は「圧倒的男社会」にあった。

男が外で働き、女は家を守る。男が衣食住を保証する代わりに、女は家事を代行する。これはもう、まさしく永久就職であり、言うならば「雇い主」と「住み込み社員」だ。
立場は対等ではなく、亭主関白が許された。それは、上司と部下であるような、上下関係があったからだ。

しかし近年、そのような「逞しい雇い主」は激減した。共働き世代。今や共働きは、夫婦全体の59パーセントを占め、半数を越えた。

これでは嘗ての「上下関係」が成立しないではないか。ともに外へ出て、会社経営の経費を折半するという立場にありながら、社内の雑用や管理は、全て女に押し付けられる。

それにはもう、今までの「雇い主と住み込み社員だから」という考えを適用することができない。

この場に及んでもなお、家事という名の「仕事」を当たり前の顔で押し付けられる理由はただひとつ。「女であるから」だ。

これじゃあ女は黙っていない。
「昔の女は良いな」と言おうものなら、矢が降るように反論が飛んでくる。「昔の女がお淑やかで家事をこなしたのは、昔の男が頼もしかったからでしょう」「私は働いているの!家事分担は当たり前!」
男はたじたじと言葉を濁す。

こんな意見をやりあう時代を、「昔の男女」は想像したであろうか。

そもそも、家事への意見の食い違いはどこからやってくるのか。
まずはそこから考える必要がありそうだ。

「男女差別」が心の根底にある男を除き、普通に生活をしている「イマドキ」の男達は最初、すすんで家事を手伝う。

「僕に出来ることは無い?」
「せめて洗い物をさせてよ」

愛する女が自分のために家事をする姿は愛しいものだ。何か手助けできないかと、出番を待ち望みすらする。

しかし、ここで多くの女は、ミスを犯すのだ。

「良いよ。私がやるから」

愛するが故の行動。
「女が家事をするべき」という考えが染み付いているのは、むしろ女の方なのかもしれない。

多くの女は最初のこの段階で、男をこれでもかと甘やかす。
手伝ってくれようとするその姿勢があるという事実にすら感動し、尽くして好かれようとするのだ。

「この人のために、私がしてあげよう」
「手伝おうとしてくれるだけで嬉しい」

これが毎日続けば、男の方は勘違いをしはじめる。

「あぁ、任せても良いんだ」
そして女が家事をすることが、当たり前の風景になっていく。

一方女の方も、徐々に「してあげる」精神を失っていく。
1度「どうして当たり前のように私ばかりが家事をさせられているの?」という疑問が沸けば最後、小さな言動すら気になってくる。

「もっと感謝しなさいよ!
私はずーっと、あなたのためにしてあげたのに!」

「愛があるから大丈夫」なんていうお花畑状態は、一緒にいれば消えていく。家事を「する方」も新鮮さがなくなって面倒くさくなるし、最初は涙を流しそうな顔で感謝をしていた「される方」も、慣れに伴い、感謝するリアクションを見せるのが煩わしくなる。

「愛があるから大丈夫」という気持ちは、徐々に徐々に薄まっていく。アイスティーの中に入れた細かい氷が溶けていくのと同じくらいのスピードで、愛が溶けて薄まった生ぬるい「共同生活」は、次第に美味しさをなくしていく。

残る感情は、どうしても「損得感情」だ。

良いか、女諸君。
最初の「愛しさ」に負けてはいけない。

「してあげる」というのは、恐ろしい言葉だ。
自ら勝手に手伝っているのにも関わらず、
まるで頼まれて「give」しているかのように錯覚する。

そして不満が溜まりに溜まった頃、今までのぶんの「take」をよこせと騒ぎ立てるのだ。

ツケ払いだ。

しかし、そうなった時にはもう遅い。

「してもらう」ことが当たり前になった男は、
個人差はあれど幼児退行している。

そしてこう返す。

「そもそも自ら勝手にやったことだろう!」

一人暮らしに「彼女」が加わると、
なにをしてもプラスだ。

今まですべて1人でこなしていた家事を
彼女が手伝うわけであるから、
なにをしても「優しい人」になる。

しかし、一度手伝いを当たり前だと言われるほどにやり続けたあと、「そこはあなたがやってよ」と手放した家事は、マイナスにカウントされる。

もともとは全て自分でやっていたのだから、
少しでも手伝えば「プラス」なはずなのにである。

「やってくれなくなった」と不満を持たれる可能性すらあるのだ。

では、私たちはどうすれば良いのだろう。

答えは簡単だ。
「しつける」のだ。

最初の方から、「家事は一緒に」を、体にしみつかせる。

「料理をしてあげるね」ではなく
「料理をするから、じゃがいもの皮をむいてね」が正解だ。

そうして最初からしつけられた男は、
「家事は手伝うもの」という概念で育っていく。

「テレビを見ながら料理を待ち、食べたら食べっぱなし」なんていう男は出来上がらないわけだ。

恋愛は「教育」だと思っている。
良い男は、教育しなければ育たない。

「してあげる」を捨てる。
愛しているからこそ、ともに過ごしやすい未来を構築するのだ。

yuzuka

#家事 #コラム

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yuzuka

いろんなメディアで連載したり、対談したり、記事を書いたりしたのち、peek a booの編集長になりました。(https://peek-a-boo.love/)言葉のお仕事ください→yuzuka.yuzuki.mari@gmail.com ☆@yuzuka_tecpizza

生き方

コメント2件

「もともとは全て自分でやっていた」じゃないか男君!に反論。俺的レベルでよけりゃいつでもやってやる!男の家事と女の家事はじぇんじぇんレベルが違う!!・・と言いたいところですが気持ち悪いほど完璧にする男もいればゴミ屋敷のような女もいる。セックスも家事も多様過ぎます。しかし今回はフツーの男女という事から言うと、難しいプロジェクトをこなしたりする男がこと家事になると無能になるのは心のどこかに何故俺が?不機嫌があるからです。躾ても何年何十年経つと火山の如く大爆発します。
古臭くてごめんちゃい、縁あってカップルになったわけです。それは始まり。そこから子供がいてもいなくても家庭というものを一から作り出していく一大プロジェクトです。その大きな目的の前に出勤、皿洗い、洗濯、便所掃除、介護、何でもやらんかい!おとこおんな関係ないやろ!と言いたい。
素敵ですね!
男性は結構、やってくれますよね。
女性がいいよいいよと言わなければ。
女性がちゃんと「おねがい!」「してほしいな」と言えたら。
(勘違いになってないか自慢ぽくなってないか不安だけど!!!)
してもらう側の人間になります🙋🏻‍♀️💗
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