【マルチ商法被害者の声】06:私の母はマルチ商法信者。小4の時から今までずっと

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母がマルチ商法A社の信者になったのは私が小学4年生の時だった。それから母は今に至るまで、ずっとA社の信者だ。私の小4の時からの想い出はA社一色だ。しんどく、つらいことばかりで苦しかった。この苦しさは誰かに話してもわかってくれなかった。誰も私に手を差し出してくれなかった。A社の話をすれば私が嫌われてしまう。そういう経験を重ねてきたから、友達や身近な大人にも、なかなか母がA社の信者であることを相談できなかった。自分一人で抱え込んでいた。

幸い旦那と出会い、母との関係も絶ったことで、A社地獄の日々から抜け出すことができ、今は平穏に過ごしている。だが、最近知りあって間もない友達に、「ねぇ!一緒にお料理教室行こうよ!」と誘われたことがきっかけで、おぞましいA社の記憶が呼び起こされた。「お料理教室って土日にやってるイメージあるけどなぁ……」と思いながら会場に到着すると、そこはマンションの一室、「ん?誰かの家?」と思いながらも、誘ってくれた友達と一緒に部屋の中に入った。そして入った瞬間、私はすべてを悟り、身構えた。

目に飛び込んできた「A社」のロゴ。鍋、フードプロセッサー、浄水器、空気清浄機、家のあちこちにあるA社の製品。しまった。完全にハメられた。どうやって逃げよう。怖い。搾取される。私はこれを知っている。

私の母はA社にハマるとすぐに、いろんな商品を買いはじめ、あっというまに家はA社製品で溢れかえった。同時に、みんなを幸せにすると言い出し、ありとあらゆる友人知人への勧誘がはじまった。その結果、私の生活も一変した。家庭が崩壊し、母子家庭となり、借金に苦しめられる毎日がはじまった。それでも母はA社をやめようとはしなかった。そのことで私自身が病んでしまった。私は自殺を図った。だから、このA社のロゴにはトラウマがあった。

ハメられた料理教室。でも、逃げようにも逃げられず、様子を見ながら料理教室に参加することにした。A社の料理教室に行ったことがある人はわかると思うが、私が参加した料理教室も料理はそっちのけで、ほとんどがA社製品のプレゼンと、うさん臭い健康知識の勉強会だった。私は、いくらプレゼンされても「うん、知ってる。これインダクションレンジっていうんだよね」みたいな気持ちにしかなれず、うまくリアクションできなかった。

料理教室なのに料理については何も学べない。しかも「これはA社の調理器具や調味料でないとできません」と何度も言われるばかり。延々とA社の製品プレゼンと、いかにA社がすごいかという話が続いた。小4の時から苦しめられ続けたA社、その料理教室に、まさか自分が参加する日がこようとは想像すらしていなかった。

誘ってくれた友達の事は大好きだ。まだ知りあって間もないが、すごく明るくて、めちゃくちゃ良い子だ。だからこそ、母のようになってほしくない。彼女の子どもに私のようなつらい思いをさせてほしくない、まだ20代の若さで、将来をつぶしてほしくない。正気に戻ってほしい。でも、それができないことを私はよくわかってる。私が母をやめさせることができなかったように、私は友達をやめさせることはできないだろう。友達は私の母と同じ道を歩むことになるのだろう。あー!めちゃくちゃ友達を止めたい!でもA社をやめさせるのがきわめて難しいことを私はわかっている。

母がA社をはじめたきっかけは、母の弟、つまり私のおじさんからの紹介だった。少しずつ製品を買いはじめ、そのうちA社の集まりに頻繁に参加するようになった。周りが異変に気づいた時には、母はA社信者と成り果て、誰も手を出せない状況になっていた。

もともと、母はとても家族想いの優しい人だった。家での食事は魚や野菜が中心だったことからも、私や父の栄養にとても気をつかっていたことがわかる。昼間は工場でパートをして家族を支えてくれていた。声が綺麗で、よく絵本を読んでくれた。私は母が読んでくれる絵本がとても楽しみだった。すごく明るくて、人のことを無条件で信じる、素直で行動的な人だった。A社にハマる前の母のことは大好きだった。

でも、A社のことは大嫌いだった。だからA社のことが大好きな母のことも大嫌いになってしまった。もともと、あまり父と母が仲良くしていた記憶がないが、母がA社にハマってからは、あからさまに父へ厳しい態度を取るようになった。特に怒りっぽくなったのはA社をはじめて間もない頃だ。A社にハマればハマるほど、父への態度はキツくなっていった。そんな母のことが怖くて、私はずっと父と一緒にいた。父も家に居場所が無かったのだろう。私と父は2人でいろんなところに出かけた。映画館とか、喫茶店とか。それが母の目には、「父親の味方をする娘」と映り、気に食わなかったようだ。父にだけでなく、徐々に私への風当たりも強くなっていった。

小学4年生の私でも母の様子がおかしくなっていることは、すぐにわかった。まず家の中に、洗剤を手はじめとして、空気清浄機、浄水器、鍋、調理器具、食品関係、サプリメントと、着々とA社製品が増えていった。そして、しきりに「A社」という言葉を連呼するようになった。あまりに頻繁に「A社」と連呼するので、「なんかお母さんヤバい!」と恐怖を覚えはじめた。母はA社をはじめてから情緒不安定になった。急に機嫌が良くなったり悪くなったりした。口を開けば、いつもA社の話をするようになった。A社の話をしている時は楽しそうだけど余裕がないと思っていた。私は子どもながらに母の変化を感じとっていた。

母は私を強制的にA社のパーティに連れていった。そこで私は、目の前で母がマインドコントロールされていく様を見ていた。パーティーとは、いわゆる「鍋パ」だ。A社の調理器具や調味料を使って料理を作り、それを食べながら、グループリーダーのありがたい話を聞くという集まりだ。その場では、グループリーダーが神格化されていた。母は、グループリーダーのことを崇拝していて、家でも「〇〇さんがっ!〇〇さんがっ!」と壊れたロボットのように繰り返していた。グループリーダーは40代の女性で、夫婦でA社に取り組んでいる人だった。その女性に「普通の人は時間と引き換えにお金を手に入れるけど、A社は売りまくれば権利収入でお金が手に入るから、会員増やすの頑張ってね!」と言われたり、「明日ハワイ行こう!と思った時に行ける人生にしましょう!」と言われ、恍惚としていた母の表情を昨日のことのように覚えている。
それから母は、手当りしだいにA社の勧誘をしていった。友人知人はもちろん、同級生のお母さん、さらには小学校の担任の先生にまで勧誘していた。

母の友達や、母の母(おばあちゃん)がA社をやめるように説得していたが、母は聞く耳を持たなかった。父もやめるように何度も母に説得していたが、そのたびに母はヒステリーを起こした。父は疲れ果て、つらそうにしていた。

父と母が離婚したのは小学生5年生の時、母がA社をはじめてから1年ぐらいした頃だ。最後に父と行った映画は「ハリーポッターと秘密の部屋」だった。その帰りの車の中で「お母さんとお父さんどっちか選ばなきゃ行けなくなったら、どうする?」と聞かれた。私は「お父さんは?」と聞き返した。父は黙りこんだ。そのまま父も私も無言で家に帰った。その翌日、父と母は離婚した。

私は意志に反して母のもとに残ることになった。離婚したことで、タガが外れてしまったのか、母は、ますますA社にのめり込んだ。私のこともA社の信者にしようと必死になった。私が母にされた、つらいことはたくさんある。すぐに思い出せるだけでも次のようなことがある。

1『強制的に飲まされるサプリメント』
嫌がっているのに「あなたのために」と言われて無理やり飲まされていた。こんな味のしないサプリメントよりも、今まで作ってくれたご飯のほうが私は好きだった。母はA社にハマってからはA社の鍋でご飯を炊いていた。でも私はA社の鍋で炊いたご飯よりも、いつでもあったかい炊飯器で炊いたご飯がよかった。

2『夜なのに引きずりまわすA社製品デモパーティ』
行きたくなかった。参加してる大人は何かに取り憑かれたみたいに、みんな目が怖かった。本当は仲良くないのに、うわべだけの気持ち悪い仲良しごっこをしているということが、小学生ながらにわかり恐怖でいっぱいだった。

3『A社信者にしてこようとする』
スイートショットというお口スプレーをキーホルダーにして、持たせられていた。要は子どもに歩く宣伝をさせていた。A社の看板を小学校に持って行かせていた。怖すぎる。

4『私の友達のお母さんが餌食になる』
友達のお母さんに
「お茶飲みにきてー。お話しましょ!」と声をかけまくっていた。もちろんA社の勧誘目的だった。
これで私の人間関係は崩壊した。
仲の良かった友達に「〇〇ちゃんあそぼー!」と言っても「ごめん。××ちゃんとはお母さんが遊ぶなって……」と言われるようになった。つらかった。

5『病院に連れて行ってもらえない』
本当に苦しすぎて、涙と嘔吐が止まらなくて、母に助けてほしいのに、「A社のサプリメントを飲めば大丈夫だからゆっくり寝ててね!」と、母は言い残してA社のパーティに出かけていった。
体調が悪化した私は、なんとか祖父母に電話して助けてもらったが、祖父母の家が遠かったら危なかったかもしれない。

6『体質に合わないのに使わせ続ける』
A社のシャンプーが体に合わなくて、すごいフケまみれになった。「お願いだからシャンプー違うの使わせて!」と言っても「A社の商品は良いものだからそのうち慣れる」と言われて我慢して使い続けさせられた。結果、私は今でもハゲだ。

7『知らないおじさんとデート』
これが一番きつかったかもしれない。A社で知りあったおじさんと母が頻繁に会うようになり、なぜか私はそのデートに連れて行かされて、見たくないものを見せられた。今思い出しても吐き気がする。

8『家庭崩壊離婚』
知らないA社おじさんと母がデートしてるのが気持ち悪すぎて、そのことを父に報告したらもう離婚ということになった。
はぁ……ようやくこれで母のわがままに振り回されることが無くなるって思ったら、なぜか母に引き取られた。私の心は死んだ。

9『うまくいかないと八つ当たりされる』
私は母のサンドバッグだった。母が勧誘に失敗したり、目標を達成できなかったり、A社のことでうまくいかないことがあると、汚い言葉を浴びせてきたり、物を投げてきたり、殴ったりしてきた。
私には友達も頼れる人もほとんどいなかった。新しい友達を作っても、ぜんぶ母がぶち壊すことがわかっていた。私は絶望していた。

母はA社での成功を夢見ていた。しかし、どう見ても我が家が豊かになっている様子はなかった。家の中に溢れるA社製品、在庫のダンボールの山、山、山。A社をはじめてから人格が一変した母、そこにはもう綺麗な声で絵本を読んでくれた優しい母の面影はなかった。母はA社をはじめてから、すっかり別の気味の悪い化け物になってしまった。母はすっかり壊れてしまって、A社の話だけでなく、日常会話も成り立たなくなっていた。母はA社をはじめて生活が荒れはじめたという現実を見ることはしなかった。「幸せ」「感謝」という言葉を連発することで現実から目をそらし続けていた。「幸せ」「感謝」という言葉の本当の意味を理解せずに使っていた。A社信者にとっては都合のいい言葉だから「マジ卍」くらいのノリで考えずに使っていたのだろう。もう元の母には戻らないということを私は子どもながらにわかっていた。A社なんかしたって生活が豊かになんてならない。A社をやっている母が大嫌いだから、自分はこんなふうになりたくない。私はずっとそう思っていた。

私は母がA社をはじめてから、ずっと「お母さん!A社をやめて!」と言い続けていた。何度言ってもやめてくれなかった。言っても無駄だという諦めの気持ちもあった。だけど、本当にやめてほしかったので言い続けた。でも、私がどんどんA社信者になっていく母を、泣きながら「やめて!」と言っても、私の話なんて聞いてくれなかった。とてもとてもつらかった。私が子どもだったからかな。私に説得力が無かったせいかな。だからお母さんは離婚して、借金して、私は友達づきあいもできずバイトしかできなかったのかな。お母さんは毎日私に八つ当たりする。暴力も振るってくる。もう私は人間として扱われてないのかな。私のせいで、こんなにどうしようもない家庭環境になったのかな。そんなふうに考えてしまった。私は自殺を図った。

結局自殺騒動は母にバレた。そこから一時期、母はA社から遠ざかった。しかし、こんどは怪しい宗教とか、風水とか、引っかかるものすべてに引っかかっていった。一度、信者癖がついてしまうとなかなか抜けないのだろう。そして少し経つと結局A社にどっぷりハマる毎日に戻った。母は本当に素晴らしい反面教師だった。母は私が小さい時からためていたお年玉にも手を出し、A社の活動に費やしていた。そのため私が社会に出た時に使えたお金は自分がバイトして稼いだ1万円だけだった。

今、私は25歳になった。
母のいる実家には結婚してから1度も帰っていない。いまだにA社信者である母と、うまくコミュニケーションが取れる自信もない。それ以前に、A社の勧誘をされるかもしれない恐怖があるので実家には帰れない。

小4の時に母がA社にハマってから、いろいろあったが、今こうやって温かい部屋で冷静に過去を振り返る余裕があるのも、すべて旦那のおかげだ。

私には小学生の頃から好きだった人がいる。それが今の旦那だ。
A社地獄から私を引きずり出してくれたのも旦那だった。

旦那とは高校2年の時からつきあいはじめた。旦那には母のことA社のこと、ぜんぶ話した。後で知られて嫌われるくらいなら、先に話したかった。その時に私の置かれている状況を知った旦那は、私を守るために毎日家に遊びに来てくれた。それだけで母は私に手を出せなくなった。

旦那のご両親には「まだ学生なんだから、あんまり遅い時間までお邪魔しちゃ駄目よ」とお叱りを頂いていたが、「将来絶対に結婚するから、今からお互いのことをいっぱい話したい」とゴリ押しして、許して貰っていた。

それで私は高校時代を比較的に安心して過ごすことができた。そして私は家から出ていくために、寮のある会社に就職し、3年間そこで働いた。

その3年間、地元に帰るときは旦那の家に帰っていた。
どうせ実家に帰っても私の居場所なんてなかった。部屋がない、布団がない、相変わらず借金に追われ、家の中は荒れ放題で、ゴミ屋敷と化していた。実家は私が安心できる場所ではなかった。
旦那の家しか安心できる場所がなかった。

旦那の家族は本当にいい人しかいなかった。お父さんも優しい(お父さんがいるのがうらやましい)、おじいちゃんおばあちゃんはいつも「おかえり」と言ってくれる、お母さんはお料理がとっても上手だ。
本当に素敵な家族で、だから旦那もこんなに素敵な人に育ったんだなって思う。

その後、結婚して旦那の実家で1年過ごした。今は旦那の収入も安定したので2人暮らしをしている。
今は毎日幸せだ。作ったご飯を「おいしい」と言って喜んでくれるし、洗濯物とか、お掃除とか「ありがとう」と言ってもらえるだけで本当にうれしい。

旦那と出会い、私は無償で人を想いやり行動するという本当の愛を知ることができた。A社信者の母と一緒に暮らしていたことには感じることのできなかったことだ。母だけではない、A社信者には絶対にできないことだ。

だからA社信者が言う安っぽい言葉に惑わされないでほしい。「あなたのために」とか。「出会いに感謝」とか。
彼らに人を思いやる心、感謝、優しさ、そういうものは一切ない。
だから、彼らA社信者は人を平気で利用する。人を利用することに罪悪感も無いから、残酷な事ができる。それが我が子であっても。

何年か先には私は子どもを産み、母親になる日がくるかもしれない。しかし私は私の母のようにはなりたくない。自分が小さい時にされて嫌だったことは絶対に子どもにしたくない。

子どもを持ちながら、今、A社の活動に精を出しているお母さんはたくさんいるだろう。その人たちに伝えたい。周りの大切な人の声をちゃんと聞いてくださいと。何の理由も無く「A社やめて!」なんて誰も言わないのだから。大好きなあなたが、大好きでなくなっていくことが悲しいから「A社やめて!」と必死で止めている。A社の仲間と家族、どっちを信じるのか冷静に考えてほしい。仮にA社を信じて行動し続けても成功なんてしないし、家族や友達、お金、人格、理性、信頼、人として大事なものは、すべて失うことになるだけだ。

A社にハマった母親の子どもたちは苦しい思いをする。だけど母親の前では子どもには選ぶことなんてできない。断ることもできない。逃げることもできない。それが小4の頃からの私だった。

A社は小4の私から母を父を私の人生を奪っていったのだ。

両親が離婚してから、一度だけ父に会いに行ったことがある。

父はいつも優しくて、点滴の後、「よく頑張ったね」とか、「今日はおまえの好きなもの食べよう」と言ってくれた。今でも思い出すとあったかくて泣きそうになる。

両親が離婚してからも、私は父が大好きだった。父が恋しかった。でも、どうして私はお父さんといられなかったんだろうって、すごく悲しかった。
母には「絶対に会いに行ったらだめ、許さない」と言われていた。

でも、勇気を出して父に会いに行った。
そしたら父は、すっかり廃人になっていた。会いたかった父とは、まるで別人になっていた。とても「助けて」なんて頼れる状態ではなかった。もう私は自分しか頼れないんだなって思った。本当に私の家族は壊れたと感じた。

父は常識人だったから私や母のことを考えてくれていたと思う。
だからこそ、A社のせいで今まで自分が積み重ねてきたものを壊されたことはショックだっただろう。築き上げた家族を失ったことはショックだっただろう。A社にのめり込む母をやめさせることができなかったことはショックだっただろう。A社が父に与えた精神的ダメージは、父を廃人に追い込むほど相当なものだったのだ。

離婚したばかりの頃は、毎日父のことを気にしていたが、それも時間が経つにつれて気にしなくなっていった。今でもたまに、ふと父に会いたいと考える。だけど、会いに行ったところで何をしたらいいのかと考えてしまう。自分から父に会いに行くことはもうないだろう。

今、父がどこで何をしているのかもわからない。生きてるのかもわからない。

父には、私が今、幸せに暮らしていることを知ってほしい。そして安心してもらいたい。


※たくさんの人が苦悩しているマルチ商法の問題について、社会の関心を高めていきたいのが、このインタビューの目的です。応援してくださる方は、投げ銭よろしくお願いいたします。いただいたお金は交通費等の取材費用として使わせていただきます。

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