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2月の散歩道

地面を埋め尽くすほどの落ち葉をしずかにしずかに踏み分けて歩く。

踏み固められた土の通り道は、かろうじて見えたり見えなかったり。

土の道にはどんぐりもびっしり敷き詰められていて、去年の秋にさまざまな形のどんぐりの雨が降っていたことを思い出す。
ちなみにこの辺りは、夜にタヌキが集会を開いているとかいないとか。

枯葉が光に照らされて、あるいは影になって濃淡が混ざりあい美しい。
赤みがかった鴇色ときいろ、灰色がかった栗鼠色くりねずいろ。木の葉の万華鏡を作って持ち歩いていたい。


落ち葉を踏んで歩くのは、フレディを思い出すと申し訳ない気持ちになる。
踏み砕いたことで大地に還りやすくなるようにと祈りながら歩く。

私は、この落ち葉の道が好きだ。
公園にはコンクリートでできた安全な通り道がもちろんあるのだけれど、分かれ道に差しかかるといつもこの道を選ぶ。

たくさんの落ち葉の死の香りと潜む生の気配を、同時に感じられるのがいい。


辺りを見回す。誰もいない。
だからあえて、この時間帯を選んで散歩している。

木々の間から冬の青空がのぞく。
限りなく水色。清々しくて、ほんのり寂しい。


キィ、キィ、ピーィ

トゥルルリ、トゥルルリ

ツチチチ、ツチチ......



鳥たちのさえずりが響く。

立春を過ぎてから、鳥たちの様子はさらに賑やかになった気がする。
声が近くで聞こえると思ったら、あっという間に頭上に移り、見上げて姿を探すうちに木々の揺れる音がして、やっと姿を捉えた時には後ろ姿が遠ざかっている。

(普段見かける鳥の中でもとりわけお喋りだと思っている)シジュウカラは、地面に降りたかと思ったらふわっと浮いて幹に脚をかけ、枝の間を器用にくぐり抜けると、てっぺんに近い高さへ軽々と飛び移る。
聞こえてくるさえずりは「遊ぼうよ」とこちらを誘っているかのようで、導かれるようにこの広場へと足を向ける。


雪が溶けて比較的暖かい日が続いているからだろうか。新たな鳥も見かけるようになった。
今日見かけた茶色い鳥は、止まっていた木の大きさから推測すると、ツグミやシロハラくらいはあるように見えた。
近寄って色やもようを詳しく確認したかったけれど、ほんの少し距離を詰めただけなのに素早く飛び去ってしまった。


体格の大きい鳥も見るようになった。
この公園で白鷺が飛び去るのを見かけたのは二度目だ。(もしかしたら私が彼らのお昼寝の邪魔をしているのかもしれない。)

この間は、アオサギが水辺でひっそりと、一枚の絵のように立っていた。
息を止めてその姿を見守った。
際立つ白さに青みのある灰色、キリッと締まったシルエットが格好いい。
そのまま逃げないで欲しかったが、やはり敏感に私の気配を察したのか、細い脚を組みかえると羽を広げそのまま風を切っていった。


できるだけしずかに歩いているのは、鳥たちが驚いて逃げてしまわないためだ。
でも、足下の落ち葉をかき分ける時にどうしてもサリサリと音を立ててしまうし、踏んでしまった枝がパキリと鳴る。

鳥たちは慌てて飛び立ち、跳ねるように空を駆けていく。
驚かせてごめんね、と心の中で謝る。
私も、この自然の一部になれたらいいのに。


鳥たちが消えた広場で、足を止める。
しばしの静寂。


耳を澄ませば、小川のせせらぎ。

すぐそばに小川があり、コポコポコポ、と木琴のような音を奏でながら透明な水が流れていく。
小川の水面からひとつだけ突き出ている石があり、そこに水がぶつかると、コポ、と軽くて温かみのある音が生まれるようだ。



今、ここにいるのは私だけ。
空と、木と、水と。


ガサ、とすぐ後ろで音がする。

驚いて振り向くと、落ち葉たちは何事も無かったようにぴたりと動きを止める。
歩みを進めると、またもや後ろでガサリと音がする。


だるまさんが転んだ!


たしかに音がしたはずなのに、やはり動かない落ち葉たち。
しばらくにらみ合い。


木々が揺れ、冷たい風が遠くの鳥の声を運んでくる。時間が動き出す。

私はもう一度前を向く。
今度はカサカサ、と落ち葉が小走りする音を耳に捉えた。

今度こそ! と振り向けば、ほろっと一枚の枯葉が倒れていた体を起こし、風に呼ばれるまま土の道を渡って、反対側の落ち葉の絨毯の一部となって眠りに落ちた。


この広場の風は、いたずらっこなのだと思う。
散歩する私をからかうように、すぐそばの枯葉や木を揺らしてめくったり、わざと落ち葉やどんぐりを転がしたり。

音の正体が、風だけじゃなく鳥たちの場合もある。
植え込みや木々のそばで音がすれば、観察のチャンスかもしれないので足を止める。


期待しているものは、鳥の他にもうひとつ。

実は今月の初め頃、別の公園で、誰もいないのにくるくると駆け回る落ち葉を見た。

少しの落ち葉たちが、たくさんの落ち葉の上をすべるように回って回って、あちらからこちらへと縦横無尽に移動していた。
それはまるで、妖精が舞い踊っているかのように。

妖精のダンスショーは、夢のように短く、私を一瞬で虜にさせた。
人目に付いていることにも気づかないくらい夢中になってダンスを楽しむ、無邪気で明るい子どものような妖精だったのではないかと想像する。
また会えるだろうか。
そんな期待も込めて、落ち葉の動く音がすると必ず振り向いている。

 


春よ、早く来い。
でも冬よ、まだ行かないで。



そんな2月の散歩道。




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