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(ニンジャスレイヤー二次創作)ア・ボーイ・アンド・ヒズ・ホース #4

 世界に降り注ぐこの核の炎を生き残るものとは何か。それはモーターサイクルだ。

 ならばモーターサイクルとは何か。それはハーレーダビッドソンだ。

 彼が渦巻く放射熱線に焼かれて死にかけていたとき、それでも故障一つすることなく彼を載せて突っ走り続ける愛しいハーレーの駆動音を聞いて、彼はそう確信した。

 放射能の嵐を抜けたとき、かつての彼はすでになく、一人のニンジャがそこにいた。彼はその時から、ゴーストライダーという名のニンジャになったのだった。

 ◆

 黒馬の蹄が土を蹴る。鉄馬の車輪が轍を作る。ゴーストライダーは眼前の黒馬の尻を燃える眼窩で見つめて一つ唸った。一向に距離を詰めることができないのだ。

 ニンジャスレイヤー。オーガニック馬とはいえニンジャということか。ゴーストライダーは内心で敵を称賛した。

「イヤーッ!」

 黒馬の乗り手、エンクレイヴからスリケンが投擲される。ゴーストライダーはバイクを蛇行させて難なく回避した。

 ゴーストライダーは考えた。安いスリケンだ。危険なのはこの子供ではない。それを載せているニンジャスレイヤーのほうだ。だがより危険な存在のほうを、ダークニンジャ=サンは生け捕りにせよと言う……。

 難しいミッションだ。ゴーストライダーは燃え盛るむき出しの歯茎で大きな笑みを作った。障害は、そしてスリルは大きければ大きいほどいい。ゴーストライダーはそのように考える男だった。

「イヤーッ!」

 エンクレイヴからの再びのスリケン投擲。

「イヤーッ!」

 だがゴーストライダーは凄まじいニンジャ筋力でハーレーを持ち上げてウィリー走行させると、高速回転する前輪でスリケンを弾き飛ばす。そして叫んだ。

「カハーッ! 甘い。あまりにも甘いなエンクレイヴ=サン。だがわたしのカラテトレーニングを受ければ少しはマシになるか。今なら格安だぞ!」
「ふざけるな!」

 エンクレイヴは振り返ったまま怒鳴り返す。

「リケンドー=サンのこともそんな態度で殺したのか! 下劣なハイローラーズめ!」
「カハーッ、カハーッ」

 実際ゴーストライダーはあのミッションに関わってはおらず、エンクレイヴの示唆する惨劇の場にはいなかった。だが彼はあえてこう言った。

「実際あのご老体は我がシチュー・ライディングに耐えられるものではなかったようでな……カハーッ! カハハハハ! エンクレイヴ=サンはどうだ! 体験してみるか!」

 炎の唾を撒き散らしながら笑う。この鬼ごっこに飽いていた彼は、戦いのウマミを増すために、あえて嘘をついたのだ。

「殺す! 殺す! 必ず殺す! お前を殺してやるぞゴーストライダー=サン!」

 狙い通り激怒し目を吊り上がらせながら叫ぶエンクレイヴ。ゴーストライダーはそれを見て喜んだが、すぐに別の恐るべき目線を感じて凍りついた。ニンジャスレイヤーの冷たい殺意もまた、彼の心臓を睨んでいたのだ。

「「イヤーッ!」」

 人馬一体となったエンクレイヴとニンジャスレイヤーは勢いを殺さぬまま急速反転! 竿立ちになるとその両の蹄をゴーストライダーの頭部へ叩きつけんとする。振り下ろされた蹄はあまりの速度に発火する!

「イヤーッ!」

 それに対してゴーストライダーは再びウィリー走行になるとネギトログラインダーめいて回転する前輪で致命的な蹄を迎え撃った。そのまま前足は巻き込まれニンジャスレイヤー=サンは行動不能重点……そう考えたゴーストライダーは予想外の持続する不可解なカラテ衝撃に顔をしかめる。なんたることか! 破壊されているはずのニンジャスレイヤーの両の前足は、ゴーストライダーのハーレー前輪を繰り返し小刻みに蹴りつけることでその致命的回転から無傷で逃れるどころか逆にタイヤを削り取っているではないか!

 これはニンジャスレイヤーのニンジャ脚力だけでは不可能なワザマエである。エンクレイヴの精妙な手綱コントロールが加わってこそこの破壊的複合カラテが生まれたことをゴーストライダーは悟った。

「イヤーッ!」

 ゴーストライダーは強引に車体を回転させキック嵐から逃れると、そのままエンクレイヴとニンジャスレイヤーの後方へドリフト停車させた。

 地響きを鳴らして蹄を地面に打ち付ける黒馬。ニンジャスレイヤーは頭を巡らせて、乗り手とともにゴーストライダーを睨みつけた。

「まさに馬脚を顕した、というわけか……別の意味でな」

 ゴーストライダーはそう呟く。愛車のアイドリング音越しに聞こえてきたのは、黒馬と乗り手が同時に発した、

「「ニンジャ、殺すべし」」

 という言葉だった。

「ぬかせ!」

 叫びとともにゴーストライダーはアクセルを全開にして全力疾走する! ゴーストライダーが狙っているのは身体を屈めて接近してからのヒサツ・ワザ、モーター・サマーソルト・キックである! ウィリー状態からさらに車体を垂直回転させて前輪及び後輪で相手を削り蹴り爆発四散せしめる、凶悪極まりないモーター・カラテであった。

 徐々に近づく距離。もはや激突は近い。だがその時である!

「アブナイ、ゴーストライダー=サン!」
「ダークニンジャ=サン!?」

 突然のダークニンジャからのIRC通信である。ダークニンジャ=サン? この状況をどこかから見ているのか? いやそれよりもアブナイだと? 一体ダークニンジャ=サンは何を見て……。

 そこでゴーストライダーは気づいた。自らの肩の上を這うガソリンの蛇の姿に!

「何ィーッ!」

 驚愕の叫びをあげるゴーストライダー。一体どこから!? 目でその身体を追う。ガソリンの蛇の身体は愛車のガソリンタンクから伸びていた。

 蛇が顔に迫る。ゴーストライダーの思考は恐怖の空白に支配される。ニンジャアドレナリンにより高まった時間感覚の中、正面のエンクレイヴと視線がかち合う。その瞳は、ゴーストライダーへの軽蔑で満ちていた。

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 そしてガソリン蛇はエンクレイヴのカラテシャウトと共にすばやく伸び上がるとゴーストライダーの顔面を包む超自然の炎に接触し着火! ゴーストライダーは車体ごと爆発炎上及びスライド転倒した。

「アバーッ! アババババーッ!」

 燃え盛る炎の中、のたうち回るゴーストライダーを未だ複数のガソリン蛇が「ヒイーッ!」責め苛んでいる! これらは全て、エンクレイヴの持つキネティック・ジツの亜種、液体を操るドザエモン・ジツによるものであった。一瞬の交錯の際にゴーストライダーが駆るハーレー燃料の物理コントロールを奪ったエンクレイヴは、ゴーストライダーが極度のカラテ集中状態に入ったことを見抜くと、即座に意識外からのガソリン蛇攻撃を始めたのであった。

「ハイクを詠めーッ!! ゴーストライダー=サン!!」

 火だるまになったゴーストライダーへ無慈悲に叫ぶエンクレイヴ。だがその眼前に、カラテ衝撃波とともに着地出現したのは白髪のハイローラーズ・ヒットマン、ダークニンジャであった。

 見紛うはずもない、突如現れた討つべき仇の姿にエンクレイヴとニンジャスレイヤーの視界が狭まる。呼吸が止まる。固まったままの黒馬と乗り手に向かって、ダークニンジャはゆうゆうとアイサツした。

「ドーモ、エンクレイヴ=サン、そしてニンジャスレイヤー=サン。ダークニンジャです。なるほど、確かなカラテだな。納得だ」

 エンクレイヴは震えながらアイサツした。

「ド……ドーモ、ダークニンジャ=サン。エンクレイヴとニンジャスレイヤーです」
「ドーモ、ドーモ」

 ダークニンジャは平然と応えた。そして続けて言った。

「悪いがこの勝負、預からせてもらうぞ。ゴーストライダー=サンはこのような場所で失うには──」
「GRRRRRAAAAA!!」

 叫びながらダークニンジャに襲いかかったのはニンジャスレイヤーである! エンクレイヴは制御不能! ニンジャスレイヤーは燃え盛る蹄でダークニンジャに打ち掛からんとするが、ダークニンジャはそれを吟味するかのように紙一重でやすやすと回避すると、指を差しながら堂々と宣言した。

「今日は準備が足りんがな、ニンジャスレイヤー=サン。次に会ったとき、おれは貴様をおれのものにする。わかったな、黒き馬よ……。お前は本当に素晴らしい財産だ! 保護する価値がある! イヤーッ!」
「グワーッ!」

 鼻柱を殴られよろめくニンジャスレイヤー。そのスキに登場時のカラテ衝撃波により全身を消火されたゴーストライダーを脇に抱えると、ダークニンジャは口笛を吹いてサイバー馬を呼び寄せ、そして走り去った。

 ゴキゲンヨ! というダークニンジャの嘲るような声がこだまする。あまりにも素早い登場と退場に、ニンジャスレイヤーとエンクレイヴはあっけにとられていた。

 しばらくエンクレイヴとニンジャスレイヤーは、茫然自失のまま、あてなくとぼとぼと荒野を歩いていた。だが徐々に増幅されてくる様々な感情。仕留めるべき敵を目の前で奪われた苛立ち。仇に一矢報いることもできなかったうえに、その仇に目の前で侮辱されたという無力感。財産? 財産だと? 言うにことかいて素晴らしい”財産”だと……?

 とうとう足を止める黒馬とその乗り手。蓄積された感情に耐えられなくなった一人と一頭は、その喉が裂けるまで、荒野に咆哮した。

 ◆

 夜。モハビトカゲの串焼きが並ぶ焚き火を囲んで、エンクレイヴとニンジャスレイヤーは暖を取っていた。彼らの怒りはまだ収まっていなかった。

 そこに近づく影が一つ。ボロ切れを纏った、背の曲がった小男である。小男は言った。

「へ、へ、へ……旦那、もしよければ、このわしにもそれを一切れ分けてはくれやせんかね……」

 エンクレイヴは無言で地面を指差す。そこには一匹のモハビトカゲがうろついていた。

「おっとこれは!」

 小男は舌を伸ばしてモハビトカゲを一口にした。目を丸くするエンクレイヴとニンジャスレイヤー。それを見て小男はニコリと笑うとアイサツした。

「ドーモ、エンクレイヴ=サン、ニンジャスレイヤー=サン。昼間は惜しかったね、よく見てたよ、へ、へ、へ……わたしはダークヴェイルです。ところでこれはわしのトロフィーさ」

 ダークヴェイルがアイサツをしながら見せたボロの内側には、いくつものソウカイ・ハイローラーズ・エンブレムの切れ端がぶら下がっていた。怪訝な顔をする一人と一頭に向かって、ダークヴェイルは続けて言った。

「ソウカイ・ハイローラーズ、憎いんだろう、あんたたち……。へ、へ、へ……。わしについてきな。今から仲間に、案内してやるよ……ソウカイ狩りィのな……」

 背中を向け、夜闇に向けて歩き始めるダークヴェイル。その背中には、折れた二丁のライフルのエンブレムが、大きく威圧的に、堂々と刺繍されていた。

(つづく)

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