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〈蛇の星〉-6

〈蛇の星〉-5

-6-

「〈ミュータント狩り〉! 〈ミュータント狩り〉! 〈ミュータント狩り〉! 報酬缶詰! 缶詰! 報酬は缶詰!」

〈六人の正気団〉からの依頼を受け、廃電線を腰に巻き付けた〈ターザン男A〉がそう大声で叫びながら錆びた鉄塔の先端から飛び降りた。はためく毛髪と長い髭に取り囲まれた荒い顔、そして腰ミノしか身に着けていない半裸のその姿はまさに誇り高き野生人そのものであった。


「参加者は〈墜落地点〉へ! 〈墜落地点〉! 参加者は〈墜落地点〉へ!」

 続けて〈ターザン男B〉も同じようにして叫びながら飛び降りた。その声は〈廃物街〉の隅々までとてもよく通った。


「アーアアアアアアーアアア! 〈六人の正気団〉でした!」


 続けて〈ターザン男C〉も同じようにして飛び降りたが、残念ながら〈C〉の電線だけはちょうど伸び切ったところでぶつりと千切れてしまい、彼は鈍い音とともに地面の赤い染みとなって死んだ。見物人からは嘆きの声が漏れ、鉄塔からぶら下がったまま揺れている〈A〉と〈B〉は眼下に広がった〈C〉の血溜まりを眺めながらちょっと困ったような顔をしていた。〈ターザン男〉たちの業務中の死亡事故率は低いものではなかった。
 だがしかし、じきに〈ターザン男〉選抜試験が行われ、再び〈ターザン男〉たちの快活な叫び声が〈廃物街〉をこだますることだろう。〈ターザン男〉とは〈廃物街〉における広告業務を一手に担う名誉ある職業であり、その人気は非常に高いのだ。補充のための宣伝を打つ必要など、きっと無いに違いない。



 アームストロング号の〈墜落地点〉は〈廃物街〉の北部地域にあった。かつては〈都庁〉への通勤者を数多く排出していたベッドタウンのあったその付近一帯は、アームストロング号の墜落とその爆発の衝撃により人寄らぬ廃墟と化したのち、拡大する〈廃物街〉に取り込まれ、そしてその一部となった。かつてそこに存在した街の名前を覚えている者はもはやどこにもいなかった。
 アームストロング号の悲劇を伝える資料は、それと同時に発生した〈洗浄〉が巻き起こした混乱によりそれほど残されてはいない。天から黒煙を上げながら落ちてくるアームストロング号の姿を記録した映像もそこかしらのコンソールにわずかに残っていはいたが、誰もそれに関心を示すことは無かった。
 エリックと〈蛙〉は、〈ターザン男〉の告知を聞きつけた〈狩り〉へ参加せんとする人々の群れに紛れ、〈墜落地点〉へ向かおうとしていた。〈狩り〉の参加者達はみな飢えた顔で、鉄パイプ、交通標識、排水管、そのあたりで拾った木の棒など、思い思いの武器を手にしていた。正気と生活能力を失った市民をこのようなかたちで食料を餌に動員することで、〈六人の正気団〉は〈廃物街〉の治安そしてそこに住む市民の健康水準の両方の維持を可能にしていたのだった。
 エリックは〈蛙〉に言った。


「なあ。こんなに人が居ちゃあ、〈蛇〉に会うどころじゃないんじゃないか。〈蛇〉がミュータントに間違われて殺されることだってあり得る」
「んんん」


〈蛙〉は少し考えると言った。


「大丈夫だ! だが正直少しばかり不安ではあるな。滅多なことでは見つけられないとは思うが……この人数だとなあ。いやまあ大丈夫だとは思うよ……居場所の連絡は来ることになってるから。おれたちが誰よりも先に〈蛇〉のもとへ行けるはずだ」
「そうか。ならいいんだが」
「ようあんたらエモノどうしたいエモノなにももってねえじゃんどうしたいエモノまさか丸腰それ不可思議事」


 二人にそう〈廃物街〉の地元喋りで話しかけてきたのは、蓬髪がやつれた顔を縁取っている、逞しい体格をしたある若い男だった。悪臭の漂う古びたツナギを腰履きにしたその男は腰に三本の山刀を下げていた。男はそれを太い腕で指差して言った(前歯が黒く欠けていた)。


「メシあんならチョットだけさわらせてやってもいいぞこれでもメシはくれメシメシメシメシくれメシ」


 エリックと〈蛙〉はしばらく顔を見合わせていたが、結局男の申し出を断った。


「そんだったらなんかくれおれ名前デミイシ」
「おれ名前〈先生〉。今メシないすまんアンドやれるもんもないすまん」
「アー、おれ、名前〈蛙〉。ああ、この喋り方、難しいなこれ」
「〈先生〉〈蛙〉ようこそようこそBTWまさか〈先生〉イコールあの有名〈先生〉? フカシ?」
「非自慢事〈先生〉イコールその〈先生〉、アンテナ手術の〈先生〉それおれ」


 デミイシは感極まった様子で言った。


「尊! 〈先生〉まさにここに降臨! 握手いい?」


〈蛙〉はデミイシと握手しているエリックに聞いた。


「尊って何だ?」
「尊敬しているの意味だ」
「なるほど」


 デミイシは続けて言った。


「なあ〈先生〉〈蛙〉これも腐れ縁偶然遭遇一期一会、今からおれたちパーティ、K? 一蓮托生、K? 〈狩り〉の三人組、K? オールKおれうれしい」


〈蛙〉はエリックに聞いた。


「Kって何だ?」
「OKの意味だ」
「なるほど」
「で、どうする」
「まあ人手が多い分にはおれの計画に悪いことはないよ。お前さん次第だ」
「なるほど。どうもこいつは缶詰が欲しいらしいし、それで釣って荒事を任せるとするか」


 エリックはデミイシに言った。


「パーティK一蓮托生K〈狩り〉三人組KオールK。おれら二人缶詰いらんお前取れ代わりにお前殺しやれ、お前おれら守るこれ優先事項、K?」
「缶詰殺しKアンドそれ優先それK。おれら三人いいパーティ、K?」
「K」
「アンドK」


 それを聞いたデミイシはにっこりと笑った。


「〈蛇狩り〉参加者諸君!」


 人の群れの横を今では貴重なバギーカーに立ち乗りし右手に持った拡声器で大声でがなり立てているのは〈六人の正気団〉が一人〈強盗〉その人であった。金色の縁取りをした赤いマントをはためかせ、右目に眼帯をした禿頭の〈強盗〉は続けて叫んだ。


「諸君らの参加に大変感謝する! こちらは今回の〈第十回全国一斉春のミュータント対策安全週間〉を主催する〈六人の正気団〉の一人〈強盗〉ゾルマキである! 前回実施した〈第三回〈極楽スーパー〉強盗犯わくわく山狩りデー〉は期日中に実行犯全てを捕らえバギー轢き及びバギー裂き及びバギー市中引き回しの刑に処することができたというまさに至極の大成功としか言い表しようが無い結果で終わったが、今回も諸君らには同じように奮起奮闘粉骨砕身の精神で狩りに参加してくれることを期待している! 今回の標的は放射能で狂ったミュータント共だ! 昨年度もまあ夥しい数の化物共を狩ったもんだったが、今頃また奴らその異常な繁殖力で増えに増えていることだろう! 全く忌々しい! 〈廃物街〉の安全のためにも今年も我々はそれを不断の努力で狩り尽くさねばならん! 準備はいいか野郎共! 缶詰が欲しいか野郎共!」


 人の群れは歓声でこれに答えた。


「よろしい! ならばこのバギーについてこい! 道案内はおれがする! いざ出発! オーオオオオオオ!」


 そう言うとバギーはスピードを上げて砂煙とともに集団を追い抜かし、〈墜落地点〉へと続く道を真っ直ぐに突っ走っていった。その時、エリックはバギーの助手席に〈蛙〉に瓜二つの男の姿を見た気がした。
 それを〈蛙〉に伝えたが、気のせいだろう、とだけ言われた。その時の〈蛙〉の顔が、これまでに見たことがない奇妙な笑顔だったことだけが気にかかった。



「おれ〈墜落地点〉行くのはじめて実は」


 デミイシは山刀を弄びながらエリックにそう言った。


「〈先生〉どうだ行ったことあるか〈墜落地点〉前にあるか」
「ああ、おれは……」


 その時、エリックは自分がアームストロング号の墜落前後のことを何も覚えていないことに気づいた。
 おれはあの時逃げ出した。ルーク達をあの〈場〉に置いて、ジョーイと共にアームストロング号で逃げ帰った。その後、どうやって今の状況に落ち着いたのか? アームストロング号の墜落から、どのようにして生き延びたのか? それがどうしても思い出せなかった。


「おれは……」
「おお、着いたみたいだぜ」


 そう言う〈蛙〉の声でエリックの考えは中断された。
 彼らの目の前に広がるのは、原子力宇宙船アームストロング号の墜落の影響で、奇怪なねじれた黄色い地衣類が絨毯のように一面に広がっている、かつては沢山の人々で賑わっていた都市の廃墟の姿だった。
 全参加者の到着を確認した〈強盗〉ゾルマキは、快活な笑顔でアイドリングさせているバギーの上から参加者達に向けて大声で言った。


「揃ったな? さあ諸君! 楽しい〈狩り〉の始まりだ! 得物は持ったか!? 気合は十分か!? 参加者には参加賞、首一つと缶詰一つ! 引き返すなら今のうちだぞ!?」


 帰ろうとするものはどこにも居なかった。


「よろしい! おれは嬉しいぞ諸君! それでは〈第十回全国一斉春のミュータント対策安全週間〉、ここに開始とする! 全員死ねーッ!」


 人々は鬨の声と共に一斉に〈墜落地点〉の中へと駆け出した。
 ゾルマキは傍らに座る銀の鎖の〈蛙〉に向けて言った。


「さてと。これでいいんだな」
「ああそうだ。この人数で行けば誰かが必ず〈蛇〉を見つけるだろう。〈蛇〉はか弱い。しばらくは逃げていられるだろうが、それもそれほどは長くは持たないだろうさ。奴が死んだらすぐわかる。そうすれば不死はあなたがたのものだ、間違いなくな」


〈蛙〉はそう言うと、薄く笑った。

<つづく>

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