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《めぐりあう時間たち》 METライブビューイング を観て

METライブビューイング2022-2023 
第3作  ケヴィン・プッツ《めぐりあう時間たち》世界初演(英語)
ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場 上演日:2022年12月10日

ルネ・フレミングがMETに帰ってきた。2017年、R・シュトラウスの《薔薇の騎士》を最後に「卒業」を宣言していた彼女が5年振りに帰ってきた。

今シーズンのラインアップが発表になったちょうど1年前にその知らせを聞いた時には、飛び上がらんばかりに喜んだ。ライブビューイングが始まって、日本の映画館でも鑑賞することができるようになって、オペラはぐっと身近になった。作品の案内役として何度も登場したのが、フレミングだ。彼女のイントロダクション、インタビューを通して、作品の奥深さに触れ、感動は何倍にも膨らんでいった。

復帰にあたって、果たしてどんな心境の変化があったのかは知らないが、これまでと同じような役を演じ、歌うために戻ってきたのでないことは確かなようだ。そのあたりは、幕間の特典映像の中で少し語ってくれている。

原作は、マイケル・カニンガムの小説 THE HOURS(邦題『めぐりあう時間たち 三人のダロウェイ夫人』。ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』を軸に、三つの時代に生きる三人の女性のそれぞれの一日を描き、ピュリッツァー賞などを受賞。2002年に映画化されて、ヴァージニア・ウルフを演じたニコール・キッドマンが、2003年アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲った。ジュリアン・ムーア、メリル・ストリープが共演。このオペラのために、映画のDVDを入手して事前に鑑賞した。

三つの時代とは、まず1923年のロンドン、ヴァージニア・ウルフはもちろん実在の作家。精神的に衰弱し、編集者である夫に郊外での暮らしを強いられているが、閉塞感に悩みロンドンの華やかで雑多な世界に戻りたいと願っている。『ダロウェイ夫人』の構想に悩みながらも執筆を続ける。

オペラでこの役を演じたのは、メゾソプラノのジョイス・ディドナート。リサイタルなどで見せる、とにかく明るい彼女のイメージからして、最初は意外な配役だと思ったが、そこは重厚な演技と衣装によって、しっかりとウルフになりきっていて、違和感はまったくない。三人の中で、彼女はメゾソプラノ。やはりウルフはメゾソプラノの低音でなければならないか。

二人目は1951年のロサンゼルス。主婦、ローラ・ブラウンは、夫と息子と暮らし、お腹には赤ちゃんも。何不自由ない平凡な幸せを得ているように見えるが、常に不安に苛まれ、朝起きて家事をこなすことも難しくなっている。『ダロウェイ夫人』を手放せない。

ローラを演じたケリー・オハラは、50年代のロスというアメリカの華やかな時代にぴったりの配役だ。ミュージカル女優のイメージが強いが、METに出演するのも初めてではない。フレミング、ディドナートに引けを取らない、堂々とした演技で、心情を歌だけでなく、細かい表情でも見せてくれるのは流石だ。

そして、2001年のニューヨーク。クラリッサ・ボーンは編集者。友人の作家の受賞パーティを開くための準備に走り回る。エイズを発症して希望を失い苦しむ彼をなんとかパーティに引っ張り出して、勇気づけたいと思うクラリッサ自身も、内面では、迷いと後悔に苦しめられる日々を送っていた。

この三つの時代と三人の女性がどのように絡み合っていくか、そこを生のオペラの舞台でどう表現するか、演出家のフェリム・マクダーモットは、舞台を立体的に使いながら、時には二人、時には三人揃って同時に舞台に出すという離れ技をやってのけた。そこに無理はない。むしろ、そうすることで、この作品の本質的な部分を、書籍や映画では表現できない形で描くことができたのだと思う。

全体を通して常に描かれるのは、三人の女性の内面の葛藤、悩み、不安、苦しみ、希望、渇望、そして後悔。その深い精神性を描くために、合唱と舞踏が大きな役割を果たしている。その辺りを確認できるのが、特典映像。「なるほど」の連続だ。特に、演出、振付、美術・衣装、照明、プロジェクション・デザインの話はいちいち興味深い内容だった。

今回は端役だが、クラリッサが花を買いに行く場面では、キャスリーン・キムがフレミングと一緒に、美しい高音を響かせてくれたのが嬉しかった。

ここ最近、次々と新作オペラに挑戦し、傑作を産み続けているMET。その見事な成功を見ていると、これからの若い世代をオペラハウスに呼び込むことも、決して不可能ではないと思えてくる。オペラはまだまだ大丈夫。そんな希望を抱かせてくれる作品だ。
(2023年2月)

<その他もろもろ>
小説、映画とは異なるオープニングも、こうくるか!という面白さ。
最後のシーンも、オペラの舞台ならではの表現と見た。
指揮のY・ネゼ=セガンは本当にお洒落。オペラの指揮者の服装はこんな感じという固定概念から自由にしてくれる


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