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可視化社会との向き合い方

「人付き合いって難しいよね」

Twitterの○○さんがいいねしましたと言う表示、LINEの既読機能など、見なくても良い情報が可視化されてしまう世の中なので、人付き合いがますます難しいなと感じる今日この頃です。

友人と約束を取り付けていたら体調が悪いと言う理由でキャンセルされた日、実は友人が誰か他の人と一緒に出掛けていた。
彼氏から仕事が忙しくて休みが取れないと言う理由で予定をキャンセルされた日、実は彼氏が休みを取っていて別の女の人と出掛けていた。
そんなことがSNSを通じて意図も簡単に発覚するような社会になってきました。

(友人の○○さんがいいねしましたって言う画像付きのツイートをよく見たら写真に写ってるのうちの彼氏じゃない…?ツイートの日付、この日仕事で忙しいって理由でキャンセルされた日じゃない…?)
なんて言う経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

下手な嘘や取り繕いすら簡単に見えてしまう社会です。だからこそ正直に人と接することに真価が問われるのだと思います。そうじゃない人はすぐバレてしまう。
情報の可視化が逆に煩わしいコミュニケーションを生んでる一面もあるような気がしています。SNSがもたらす弊害ですね。

自分がその場しのぎで何気なく放った嘘が、後々知らず知らずのうちに相手に発覚してしまい、関係性に罅(ひび)を入れる可能性もあると言うことに気が付けるか、気が付けないか。
人と付き合う上では些細ではあるけれど、自分の放つ言葉が後に尾を引かないように責任を持ちながら、人と接していくことが昔以上に大切になって来ているのではないかなと思うのです。

情報が可視化される時代だからこそ、自分の言葉に足元を掬われてしまうこともあるかもしれない。

だからこそ、嘘をついたり、取り繕ってみたり、自分本位で動いてみたりと言うのはどうなのかな…と敏感に考えるようになってきました。
そんなことすぐバレちゃう世の中です。良くも悪くもSNS時代なのだから。

例えば、自分に向けてくれた言葉と矛盾する行いを、Twitterが「○○さんがこう言うこと言ってます。」みたいな形で表示して教えてくれてSNSを通して見えてしまう時がある。
そうすると見えない事で得られていた信用も見えてしまった以上は減殺されてしまう。

「可視化」「見える化」ってそんな残酷な一面もある。

あの時はああ言ってたじゃないか、約束と違うことやってるじゃないか、なんて言う揉め事の種にもなるのだから、最初から嘘なんて付かないで素直に誠実に話をする。誰かの善意や好意に甘んじて矛盾するようなことやっちゃいけない。全部見えちゃうから。

他人の信用はお金で買えない価値である。プライスレスなものである。と言われたりもする。人間、お金を貰えていれば、多少なりとも我慢出来ることもある。でも、友人や恋人に対する信用ってそんな簡単に積み上がるものではないような気がするのです。

人を信じるって簡単には出来ないことだからこそ、その他人を信じる力を支えている根っこを腐らせるようなことをしてはいけないなと思うのです。

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