セクハラのはなし 2

翌土曜、日曜も不快感は抜けず、週明け会社では何事もなかったかのように仕事をこなし、しかし夜家にいるときや休日になると不快感が押し寄せて酷く憂鬱になった。外に出かけて、男性と関係を持つような衝動にもかられた。自分が合意したことで上書きすれば、いくらかマシになる気がした。完全に、冷静な判断ができる状況ではなかった。そんな状態だったので、付き合いの長い友人を酷く傷付けるようなことをしたり、様子がおかしいと心配してくれた友人に噛み付いたりしつつ、どうにか元の状態まで回復した頃には、会社内では部長はやたら親しげに話しかけてくるようになっており、それをのらりくらりかわすことで距離を保てるようになっていた。なっていたと錯覚していた。

部長はわたしを「大盛!」と呼び「ああ、これってセクハラで訴えられちゃう?」と言っていたので、勘違いやセクハラの自覚無く手を出したのではなくて、わかった上で迫って来たんだと悟って背筋が凍ったりもした。
ただ、もう部長と酒の席には行かないことである程度は避けられる問題だと思い、会社の飲み会でも一次会の後には早々に帰宅するよう細心の注意を払った。
仕事をする中でどうしても上司同席で取引先に行かなければならないときは、事前に部長のスケジュールを探り、現地集合現地解散で済むよう、配慮した。
それでも同行して取引先に行った帰りにしつこくLINEを聞かれ、断りきれずに教えてしまった。彼のアイコンは若い女の子にもウケがいいディズニーキャラクターで、友人に「おまえに似てる」と言われたからアイコンにしているとのことだった。
退職したいまでも、そのキャラクターを目にすると、不快感がこみ上げることがある。
当然、わたしから送る用事などなく、最初の挨拶をもってトークルームはすぐに埋もれた。

夏に差し掛かる頃、社長の采配ミスによりわたしの担当先で軽いトラブルが起き、それに振り回されて私は疲弊していた。ことが片付いた報告書を出した翌朝、部長に会議室に呼び出された。わたしのミスではないこと、それはわかっているが社長は自分のミスを認めないので飲み込んでくれとこのと、よくやったのは理解しているとのことで、事務的にありがとうございますと返して会議室を出ようとした。抱き締められた。撫で回された。「頑張ってて可愛い。応援したくなる」というようなことを言われたと思う。そして耳元で「なんでLINEくれないの?」とも。自分がなにを言ったかは覚えていないけど、引き剥がして荷物を掴んで取引先に行くふりをして車を走らせながら泣いた。この日、仕事はサボった。

猛暑の頃、最年少のわたしと、歳が近い総務の女性を仲良くさせる機会を設けようという要らない思い付きを社長が部長に話し、部長が乗り気でセッティングし、全てが決まってからわたしに声がかかった。逃げられなかった。
部長と、総務の女性と、三人で飲みに行くことになり、総務の女性がお手洗いに立った直後、キスを迫られた。ある程度予想はしていたので押し返し、はっきりとやめてくださいと伝えた。返ってきたのは、前回助けてくれた他部署の先輩、彼と付き合っているからダメなのか?という言葉だった。確かに先輩とは社内で一番親しかったが、それはわたしが入社したてで最も困っていた頃に助けてくれたことやお互いの趣味が合うこと、そういったコミュニケーションが取れる間柄であるというだけで、交際などという発想はまるでなかったため、なにを言われたのか理解するのに時間がかかった。次に思ったのは、部長が先輩に嫌がらせをするのではないかということだった。部長は、飲みの席でよく「俺には人事権があるからな!」と口にしており、それは事実で過去に気に入らなかった部下を会社を辞めさせるために営業から外して追い込んだのは社内の誰もが知る話。わたしが部長を拒否したばかりに、お世話になっている先輩になにかあったらと考えたら血の気が引いた。先輩は妻子持ちで家のローンもある、わたしは仕事を辞めたところで困るのはわたしだけだけれど、先輩には小さなお子さんもいる。迷惑をかけたくなかった。その日も帰ってから朝まで吐き続けた。

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