養鶏場惑星 #1#2

 1。 「お気に入り」を待つ間に

 僕の背後には上下の方向に湾曲した青空がある。未だかってその空に落ちた奴はいない。
 丁度その見栄えは、魔法瓶の蓋を開けて中を覗き込んだあの感じだ。
 そして僕がこれから行こうとしてるステーションは、世界の突き当たりにある。
 ああ、これは言い方が正確じゃないな。ステーション自体が、水平方向に果てしなく広がっている環状の「世界の果て」なんだから、、。

 僕が「お気に入り」を発見したのはいつ頃だったろうか、、。
 ステーションにやってくるアストレインは、みんな同じ様に見えるし、見分け上の唯一の差であるアストレイン個々の噴出口の差異は気が遠くなるほど沢山あるから、僕だけの「お気に入り」を見つけだすまでに随分時間が掛かったような気がする。
 勿論、この事は誰にも言っちゃいない。
 僕は、みんなも僕と同じように世界を見て感じるのだと思っていた頃、誰彼構わず「君はどのアストレインが好きだい?」と尋ねていたものだ。
 みんなの答えはこうだ。
『お前は馬鹿だ。アストレインは、ただ私たちに食事を運んでくる装置に過ぎない。そんなものに興味を示すのは馬鹿の証拠だ。いつまでもそんな事を言ってると(考え屋)になっちまうぞ。』
 馬鹿でも構わなかったが(考え屋)みたいになるのはいやだった。
 考え屋達は、この世のあらゆる事について思索を巡らせている。
 僕らだってたまには考え事をするが、極端な話、ムーを観てまで、ものを考えたりはしない。
 それをするのが(考え屋)達だった。
 「泉」に頭を浸してムーを見るのは、僕たちにとって空気を吸うのと同じぐらい自然な事なのに、いちいちそれについて考えこんでいたら、それこそ心の病気になってしまう。
 昨日見たムーの題名は『カサブランカ』と言った。珍しい白黒の「固い」ムーだったけど、アクの男はやけに「渋かった」。そう、それだけでいいのだ。
 ムーで、それ以上の事を考えるのは意味のない事だ。
 だって僕らは生まれてから直ぐに、ムーを一日に最低2回は見て、これから死ぬまで、その日課がとぎれる事はないのだから、、。

「小僧、ぼんやりするな。」
 考え事をして列が動いた事に気づかなかった僕を、後ろから誰かがつついた。
 ちらりと後ろを振り返ってその声の主を確認してから急に、僕は腹が立ってきた。
 それは僕の顔見知りの(考え屋)だったからだ。
 考え屋からぼんやりするなと言われる筋合いはない。
「せかすなよ。僕らが絶対くいっぱぐれないのは、君だって知っているだろう。」
「他の奴に、順番を割り込まれると、困るんだよ。俺の目当てのケツの穴に出会えなくなる。」
 その言葉を聞いて僕はドキっとした。ここにもアストレインに違う意味を見いだしている人間がいたのだ。
「目当てのケツの穴だって? 」
 僕は眉を顰めて言ったつもりだったが、考え屋は目敏くも、僕の瞳の中に、他のみんなとは違うものを見つけたようだ。
 彼は、殆ど僕の真横に来てこう囁いたのだ。
 考え屋の生暖かい息が僕の首筋にかかった。
「俺が見つけた尻の穴はな、どういうわけかプラットホームとの間に隙間が出来るんだよ。旨くやればそこから逃げ出せる。俺はそれをずっと狙ってた。」
「冗談だろう、、。例え外に出れたって、君ら考え屋が信じてるようなムーそっくりの世界なんてあるものか、ムーはムーなのさ。第一どうやって、」
「あのケツの穴に、こいつをぶち込んでやるのさ。」
 考え屋は、僕の言うことなんか何も聞かないで、自分の拳を握って僕の目の前に突きつけて見せた。
 考え屋が言いたいことは大体判った。
 アストレインの単体は(と言っても単体そのものの形も、単体が連なっていると言われるアストレインの全体の姿も、未だかって誰もハッキリと見たことはないのだが、)丸くて艶やかで、なんの手がかりもないと言われている。
 ただ僕らに「食物」を噴出する部分だけは、火山の噴火口のように盛り上がっており、その中央部分は螺旋が絞り込まれるように開閉する。
 考え屋は、その中央部分の穴に、自分の腕を栓みたいに差し込もうというのだ。
 アストレインは、僕らに姿を見せる時、ステーションの個室の「丸窓」にピッタリと接弦する。
 そしてプラットホーム側の丸窓が開いたタイミングで「食物」を噴射した後、離岸してどこかに去って行くのだ。
 僕らは噴出された食物を食べるので精一杯だから閉じゆく丸窓から、アストレインがどのように離岸していくのかを余り意識して見ない。
 第一、そんなものに気を取られていては食物を採る時間が短くなる。
 アストレインが食物を噴出してからきっかり10分間だけが、僕たちの一日一度の食事の全てなのだ。食事に関しては、供給があり、奪い合いはないが、余分な施しもない世界なのだ。
 それを過ぎると、僕たちがプラットホームと呼んでいるステーションの個室は、おびただしい量の食物と共に、僕たちの身体ごと洗浄されてしまう。
「俺は見たんだよ。あのケツの穴は窓から離れる時に、一瞬外の世界に通じる隙間を生み出すのさ。それに、プラットホームが途切れる場所も、何処かにある筈だ。そこまでケツの穴と一緒に行って、そこで腕を引き抜く。」
 アストレインとプラットホームの間にあるという隙間に自分の身体を滑り込ませて、程よいタイミングが来たらアストレインから離れるという計画なのだろうが、少しでも身体が浮き上がったらアストレインとプラットホームに挟まれてスライスされてしまうだろう。アストレインはもの凄い早さで動いている。
 その事は、アストレインがプラットホームに近づいて来る時、「窓」側の壁が一瞬、風圧で内側にガタッっと揺れるので良く判る。
「腕がちぎれちゃうかも知れないよ。」
「構わないさ。この世界を出れるんなら、腕の一本ぐらいくれてやる。この世界が牢獄なのを、お前は知らないのか。」
、、、これだから考え屋は困る。

              
2。 アストレイン


 僕は改札口で、木偶たちの操るジェットノズルの洗浄噴射によって身体を洗浄された後、バブルガムボックスに入った。  今日はチェリーレッドのボックスにした。
 大体いつもは黒が多いんだけど、先ほどの考え屋との会話で少し興奮していたかも知れないし、チェリーレッドなら男が選ぶ色としては特別だから、なんとなく「お気に入り」に出会える確率が上がるような気がしたからだ。
 まあ、おまじないみたいなものだ。
 息を大きく吸い込み、目を固くつむった。
 そして待った。
 小型の四角いテントみたいなバブルガムの空気が一瞬にして抜け、僕は全身をガムに密封されてしまう。
 みんなは、さっきまでテントの布地だったガムが自分の身体にぴったり張り付く感じが嫌らしいが、僕はこれが好きだ。
 このガムの服は、アストレインが僕たちに噴出してくる食料を雑菌で汚染させない為に強制装着されるもので、外気とふれる部分は目と口と鼻の穴しかない。
 考え屋達がいうのには、僕たちがバブルガムスーツの装着を義務づけられているのは、僕たちに与えた後の残った食料を、リサイクルする為なのだそうだ。
 誰が、それを義務づけたのか?という問題を別にすれば、確かにアストレインが吹き出すマッシュポテトのような(僕が観たムーではこの食べ物が一番お美味しそうに見えたから、この言葉を使うのだけれど)食料は、異常なほど量が多いのは確かだし、実際僕らは信じられないほど食べ残しをする。
 もっと意地の悪い考え屋などは、「あれは自家中毒を防ぐためのゴム手袋服なんだよ。俺達は自分の糞を食ってるのさ。」とクスクス笑いをしながら言う奴もいる。

 僕は、自分が着込んだガムの為にそこいらじゅうでぺちゃんぺちゃんと音をさせながら、大きな鳥籠みたいな昇降機を使ってホームに向かった。
 よく磨き上げられた通路の床にチェリーレッドのゴム人形みたいな格好をした僕の姿が映り込み、他の赤や黄色のゴム人形達の中で目立って見えた。
 やはり人気のない珍しい色を選んだのは正解のような気がした。

 今日、自動受付器が僕に割り当てたホーム番号は6桁だった。
 末尾も6という数字、僕のラッキーナンバーだった。
 なんだかいい感じだ。
 昇降機がロープを使って、巨大なダイスを何千個も横に敷き詰めたようなプラットホームに上り詰めた時、僕はムーに時々出てくるジェットコースターと呼ばれる乗り物に人々が乗り込むシーンを思い出した。
 ムーの中では、ジェットコースターに乗り込む前の人々の顔は、緊張しているが、同時に皆、期待に輝いていた。
 僕は下を見下ろした。
 幾千もの昇降機が、黴みたいな緑色のディドリームの地表から、この環状のプラットホームに繋がっており、それぞれのゲージには一様に目と口しか表情のないノッペリとしたゴム顔の僕の仲間達が乗っている。
 先ほどまでの浮き立つような気分の代わりに、何だか自分自身が大きな虫の残骸に群がる蟻になったような気持ちが強くなった。

 蟻か、、、ムーでしか見たことがないけど、アストレインが吐き出す食べ物をマッシュポテトと例えるなら、僕たちは蟻で、この世界は巨大なドーナッツの内側のように思える。
 で不思議なことに、このドーナッツの内側には、アストレインが走るようなチューブ状ドーナツが、多分、同じ中心点を共有して幾つもあるんだ。
 そしてそんな光景を見ていると、何故だか僕の胸がちくりと痛んだ。
 少なくとも僕たちの昇降機への搭乗に、ムーに出てくるジェットコースターに乗り込む前のトキメキに重ねて考える事は間違いのようだった。

次章 https://note.mu/zainitinihonjin/n/nee835cc6117b



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