見出し画像

差し出がましくも問わず語りに      〜朝倉未来後[3]皆さんへ質問

*格闘家の皆様におかれましては肩書、敬称を省略させていただきました。またYouTube朝倉未来チャンネルに演者として参加するメンバーには動画内での呼び方「君」付けをお許しください。以上、ありったけの敬意を込めて。RIZINの盛栄を祈念しつつ。

ふと思いました。

この記事を読む朝倉未来ファンがいたら質問なのですが、

[Q]彼の小学生時代~OUTSIDERに出場するまでを見聞きしたとき、何が私たちを胸熱くさせるのでしょうか。

少年院あがりの不良でしょ。
そもそも暴力が嫌いな人、格闘技を観たがらない人にこの時期の彼を説明すれば、小学5年生のとき、手による顔面攻撃以外は許される空手の大会で全国2位になった。こんな強い小学生が先輩にタメ口、中学生になってもタメ口を使い、敬語や押しつけが嫌だと喧嘩三昧、大暴れ、少年院行きに。空手の指導者や親は何をやっていたのか。少年を鍛えて礼儀は教えないのか、「喧嘩上等」手に負えない不良に育てて野に放つとは何事か。

私の[A]  彼のその時期は、名付けて

リアル『理由ある反抗(立志篇~再起篇)』

だと思うのです。

元ネタ『理由なき反抗』は、故ジェームス・ディーンの主演映画で日本公開は1955年。今は故人となった、淀川長治氏、小森和子氏や「小森のおばけちゃま」が絶賛していました。
大人や社会に対しての不満の捌け口として喧嘩をエスカレートさせていく若者たち。「理由なき」とは大人には理由が分からないが同世代は共感できる。主人公は父親の不甲斐なさへの反発から非行に走ったか。チキンレース(チキンラン)を紹介した初めての映画とも言われています。喧嘩の日々を送っていた朝倉は「人生がつまらなくて、いつ死んでも構わない」と思っていたそうですから、当時の喧嘩は「不満の捌け口」。喧嘩をあまりしなくなり、友だちになった岡君とつるんでいた頃、喧嘩で喰っていく方法はないか、極道になろうかと思った矢先に逮捕され少年審判が始まったようです。
「理由ある」は、何が嫌なのか当時を振り返って口外していること。肩書や経歴で判断するな。俺の能力は俺を見て、試してから決めろ。結果を出す人間こそ出世させろ。能力ない奴に唯唯諾諾と従うつもりなし、文句があるなら差しで勝負させろ。やる気のない奴は論外。等々。
こちらは「理由なき」に較べ、逆に父親が豪傑すぎて明示できるほどに反抗内容が具体化したのかもしれません。

今思います。私たちも小学校高学年になった頃、先輩に「敬語」を使わなければいけない違和感を覚えなかったでしょうか。中学生になり、部活で一年生は球拾いや掛け声、トレーニングばかり。こんなことをしに入った訳じゃない。理不尽さに腹を立てたことはありませんか。一年先輩に人生訓めいた説教をされ、「ど突いたろか」と隠した拳を握りしめたことはありませんか。それがいつの間に礼節を弁え、協調性のある「普通の大人」になったのです。そう言えば夢も見なくなった。

ジェームス・ディーンらは反逆の青春スターと呼ばれ、社会体制に反抗する青春群像を描いた作品が多数制作されました。しかし、銀幕の彼らは蹉跌をきたし何も残さなかった。
他方「理由ある」は何より実話であり、先達の足跡を残した。一見獣道だけれども、方法論を誤らなければのちの誰かが辿れる道。ユーミンの『いちご白書をもう一度』は学生運動華やかなりし頃、社会を変えるつもりで闘争に加わり、敗北と挫折の末、大卒会社員になった世代へのレクイエムだとすれば、私たちは獣道に想いを馳せながら、RIZIN入場曲Battle Scarsを聞くことができる幸せ。


~ 中学時代~少年院に入るまで ~

ここから先は

1,508字

¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?