仄暗いヘソの底から

ヘソが深い。暗く細い穴ぽこに綿棒を突っ込むと、およそ1/3はするすると入っていく。

妊娠中、自分のヘソが深いことに気がついた。

育児書に書いてあるヘソがひっくりかえる日を楽しみにしていた。「お腹が出てくると、ヘソがひっぱられて浅くなる。結果へその底があらわになる。今まで取れなかったゴマをとるチャンス! 」。いわゆるヘソ・チャンス・デー。しかし身ごもってから8ヶ月経っても、9ヶ月経ってもHCD(ヘソチャンスデー)はこない。気がつけば予定日1週間前。ヘソはうんともすんともいわない。少しだけ浅くなった気はするが、まだ海のよう。風呂に入れば余裕で水が貯まる。

予定日の3日前にHCDを設定。もう待てない。ヘソのゴマを取ってしまおう。

ベッドに横になり、ヘソ穴にニッシンのオリーブオイルを垂らす。仰向けになって携帯でテトリスやりながら10分くらい待つ。時間がきたら、綿棒でぐるぐるかき混ぜると、黒いつぶつぶが浮いてきた。「なんだ余裕じゃん」とヘソ穴をティッシュで拭き取る。「はースッキリした」とヘソ穴を覗きこんでビクっとする。底に黒い塊がびしっと張り付いたままだ。

今度はオリーブオイルを温めてみた。なんとなく、温かい油の方が効きそうな気がしたからだ。ヘソ穴に注ぎ込む。アツい……。上島竜兵も黙ってしまうほどのアツさでヘソアヒージョ。今にも生まれそうな妊婦が横になって、アツいオイルを腹部にかけている。もしこれで破水したら、この情けない格好のまま搬送されるんだろうか。不安。

ふたたび10分。すこし右部からぽろりと黒い塊がとれた。ここで綿棒をぐりぐりしながら気がつく。私のヘソは3部構成だった。この図を見て欲しい。

笑っているようにも見える楽しげなわたしのヘソ。

これからの説明のために名前をつける。最初にゴマがとれた溝を「日本海溝」、次に深い溝を「フィリピン海溝」、3番目のラスボス的な深淵を「マリアナ海溝」とする。※以下海溝略。

断面にするとこう。

とりあえず日本は制覇したので次はフィリピンだ。局所攻撃を仕掛ける。フィリピンを指でこじ開けて、オイルを注ぐ。じわじわと溝に入っていく。油攻めだ。待つこと5分。案外あっさりとフィリピンの海上にゴマが浮き上がる。

「この調子でマリアナも落とせるやろ」

とマリアナに大量に油を注ぎ込む。しかし、マリアナはびくともしない。洞窟の奥から魔物の黒い目がこちらを見ている。指でこじ開けて、オロナインを塗りこむ。これでどうや? マリアナのゴマの上部がグラグラしはじめた。皮膚と癒着している部分も剥がれかけている。もうひと息。油とオロナインの相互攻めが、じわじわとゴマを動かしていた。

「もう待てない」と最後はピンセットでそーっとグラグラしているゴマを摘んだ。メリメリメリ…と本当に音を立ててゴマが剥がれた。

「やったあ! 陥落したぞ…あれ!?」

ピンセットで掴むと、ゴマはぬるっと抜けた。そして白い根っこがあった。わたしがゴマと認識していたのは、深い溝の入り口を塞ぐ蓋でしかなかった。マリアナはもっと深い溝であったのだ。恐ろしくなってそこから探索はしていない。

背中まで穴が空いているわけではいないから、きっとヘソは適度なところでふさがっているのだろう。だが未だに恐い。わたしのヘソはどこにつながっているのだ。6年経ったし、そろそろHDCをどこかで設定しよう。再探索しよう。赤ペンを持ちながらカレンダーを睨んでいる。

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