江ノ島
ASIAN KUNG-FU GENERATION(アジカン)の「サーフ ブンガク カマクラ(完全版)」を聴き始めた。
元は2008年にリリースされたものを再録して、さらに5曲追加したアルバムで、テイラー・スウィフトの再録とは事情が違うものの、再録の良さを味わえるアルバムに仕上がっていると思う。
聴くことになったきっかけは「江ノ島エスカー」の新しいMVで、これがいい感じに力が抜けていた。
鎌倉を含めて湘南エリアにはちょいちょいエピソードがあるのだけれど、今日はせっかくなので江ノ島の話をしてみようと思う。
僕は中学生の途中で名古屋から引っ越して東京都町田市というところに住んでいて、高校も町田駅の隣駅の学校に通ったので、まあほぼ神奈川県民である。
東京に来てからの中学時代は軽いいじめなどもあってあまり楽しいものではなかったし、なんならむしろ学校に行きたくなかった。
高校では剣道部に入るつもりが、気の迷いで吹奏楽部に入ることにした。
そこの吹奏楽部は3年生が4月で引退するので、実際には1年生と2年生だけでやっているようなバンドだった。
僕は1日目の体験入部の後に「やっぱりやめようかな」と思っていたのだけれど、美人の先輩たちにそそのかされて残ることになった。
美的感覚は人それぞれであるものの、少なくとも僕にとっては2年生の先輩は美人が多いように感じた。
何より、名古屋から東京にきて、中学校では先生からも同級生からも存在を受け入れられることがほとんどなかった僕を、高校の吹奏楽部の先輩たちが受け入れてくれたことは心から嬉しかった。
やっと居場所が見つかった、居ても良いところが見つかったという感覚があった。
男子の先輩が一人しかいなかったので、逆にチャラついた感じがなかったのも良かった。
吹奏楽部というと吹奏楽コンクールがフィーチャーされがちなのだけれど、僕がいた部活は、コンクールへの想いは人それぞれあったとは思うものの、全体的にはまったりとしていて、「コンクールで絶対金賞を取るぞ」みたいな雰囲気はなかった。
そもそも僕は吹奏楽コンクールが何なのか当時は全く知らなかったし、当然興味もなかった。
夏に卒業生の先輩たち、そして各学年から数人ずつで、一緒に江ノ島の花火大会に行くことになった。美人の先輩たちに誘われたら僕も断れないのであった。
今思えば大学生になった男どもが女子高生を狙っているようにしか思えないが、僕もまああわよくばと思っていたので同類である。
花火そのものはどうでもよく、極めて不純な動機で参加した。
部活の時間外に、というか学校の時間外に、男女混成で出かけた江ノ島の浜辺は解放感に満ち溢れていた。
僕は居場所を手に入れたのだと、あらためて思った。
大学生たちが場所を取っておいてくれたが、オッサンのことはまあどうでもいいわけである。
もしかしたら万が一のこともあるかと思い、気合を入れるためにビールを買った。
大学生の先輩から「おいおい大丈夫か~」などと心配された気がするが、「大丈夫ッス」と返してビールを飲んだ。
酒が呑めない今では信じられないが(もしかしたらこれがきっかけかもしれないが)、僕は初めてビールを飲むくせに5缶くらい飲んだ。
花火大会が始まりそうな頃合いになり、僕は極めて冷静に「これはどのタイミングで口説くのが良いのか」などと考えていた。
そこで記憶が途絶えた。
気がつくと僕は横になっていた。横向きで、もう終わりかけている花火をボーッと見ていた。打ち上げ花火が緑色に光っていた。誰かの膝の上に僕の頭が乗っていた。
見事に寝ていたのである。
そして誰かによる人生初の膝枕。
「すみません」とかなんとかいってあわてて起きる。「大丈夫~?」と声をかけるその人はまさに美人の先輩であった。花火に照らされる顔は本当に美しく、僕は固まってしまって何もすることが出来なかった。
その後花火大会はすぐに終わってしまって、僕は割りともうどうでもよくなっていた。早く帰りたかった。記憶が飛んでいる間に何をしでかしているかもわからない。申し訳無さの極み。
この日初めて会ったかも、くらいの3年生の男子の先輩が酔いも覚めた僕とは対象的にベロンベロンに酔っ払っていて、「宿木~!」などと言いながら僕にもたれかかってきてうまく歩けない。重い。邪魔である。せめて女性が良い。何が宿木なんだ。
あたりは暗くなって、多くの集団で酔っぱらいが暴れていて、ロマンスが生まれる気配もない。撤収するに限るわけである。
その後どうやって帰ったのかは覚えていないが、帰りの電車が混んでいたような気がする。ひどく疲れていたような記憶もある。
とにかく何を得るわけでもなく、人生初の江ノ島の花火大会は終わった。
急性アルコール中毒で死ななくてよかったと思う。とりあえず行きて帰ってきたから良しとするものの、未成年飲酒はオススメ出来ない。
ただ、漠然と楽しかったなあという記憶がある。緑色の花火。美人の先輩。膝枕。わりとこれで充分。
その後大学生になるまで僕がビールを呑むことはなかったし、大学生になってビールを呑もうとしたら呑めなくなっていたのだけれど。
僕にとって江ノ島といえばこの話。
なんとも不思議で幻想的な一夜の話。
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