人類普遍の幸せなど存在しない

最近、毎日の食事が苦痛だ。

元々それほど食事が好きではなかったが、精神的な病気にかかってから、はっきりと苦痛だと感じるようになった。

そして、食事は幸せなことであるという価値観で世界が回っていることを思い知らされた。私が病気だと知っている人でも、食事が苦痛だということはなかなか理解してくれないのだ。食欲がなくても、高級で美味しい料理なら食べられると思っている人も多い。

世界には、この種の思い込みがたくさんある。しかし、人類が普遍的に幸せを感じるものなどないのだと思う。そういった思い込みは、時として気が付かない内に人に苦痛を与えることにつながるだろう。

私がそれを実感したのは、食事が苦痛になったことがきっかけだが、それ以外も同じだ。例えば、私はお金が沢山あることを幸せだと感じるが、それを苦痛だと感じる人がいないとは限らない。そして、お金があることが幸せだと思い込んでいれば、彼らを苦しめてしまうことがあるかもしれない。

身体完全同一性障害という病気があるらしい。私はあまり詳しくは知らないのだが、この病気の人々は、体のある部分が存在することに違和感を覚え、切断したいと感じるそうだ。はっきり言えば、私はそのような状態を全く理解できない。しかし、そのような人々が存在することは事実である。そして、その人々が、体の一部が存在することに違和感を感じているということを想像することならできる。五体満足であることは幸せなことだと思っていたが、その思い込みが、身体完全同一性障害の方々を傷つけたことも、あったかもしれない。

世界は思い込みにあふれていて、それ故に苦痛を受ける人がいる。そして、私自身もおそらく様々な思い込みをしてしまっていることだろう。今すぐに変わることはできないが、たとえ少しずつでも、人類に普遍的な幸せなどないのだということを意識することで、自分が無意識に他人を傷つけることを減らしたいと思う。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

zakuro9715

優しい世界でありますように

文章の練習も兼ねて、理想の世界を綴ります。 「優しい世界でありますように」- Nunnally Lamperouge
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。