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「意思決定」と「評価軸」の話 (建築の話 その5の1)

今までの4回は建築の話をする時に出てくる基本的なワードに沿って、ある程度教科書的に、私の好きな建築の事例を交えながら、語ってきました。

しかし、今回の話のテーマは「意思決定」と「評価軸」

建築の話をするにしては、やや唐突なワードを2つ並べています。最終回ですが、これまでと少し毛色が違う書きぶりになるかもしれません。そしてタイピングをしながら、どういった話にしようか、考えています。(結果的に最終回は3部作くらいになるというガルパンスタイルでお送りすることになりそうです)

学生の時の設計課題は、自分一人あるいはチーム設計、課題は与えられており、自分(たち)で諸条件を読み解いて、(先生に案を見てもらい指導をいただきながら進めるにせよ)自分たちのつくりたい建築を形にしていく作業でした。

しかし、実際には建築を建てたい人=建築主とその建築の設計を行う人=設計者、建築を形にする人=施工者は別々であることがほとんどです。

さらに規模が大きくなれば、それぞれの担当者や会社も大人数になりますし、全体をまとめるためのプロジェクトマネジャーや設計者がカバーしきれない部分のコスト管理だけを建築主に代わって担うコストマネジャーが出てきたり、内装だけ別のインテリアデザイン事務所が入ったり、、、

竣工したあとの建物管理を行うビル管理業者が入ったり、建築主と賃貸借契約を結びそこで事業を行うテナントが意見をいったり、再開発であれば元の地権者が新しくできるビルの一部権利を有したり、そうでなくても地元関係者、行政、大学等からの要望や意見があったり、、、

施工者も工事を行うにあたり様々な協力会社が入り、業種ごとに鳶職、鉄骨屋、型枠屋、鉄筋屋、防水、塗装、内装、電気設備、消防設備、空調、衛生(水)などなど多くの人が建物に関わります。

何をこいつ当たり前のことを言ってんだ、と思われるかもしれませんが、その登場人物が見えてくるのは社会で建築に関わる仕事をやり始めてからでした。私は、自分では小さな案件しかやっていませんし、ハードワークをこなしメキメキと専門的な知識や仕事の回し方を身に付ける、大学同期や職場同期とは比べものにならないほどの実力しかありませんので、何かを言える立場では無いのですが、それでも自分がこれまで見てきた建築に関わる人たちの世界から言えることが、関わった人の多くが誇りを持つことのできる建築が良い建築だということです。

そこでタイトルに戻りますが、「多くの人が誇りを持つ」そんなムシの良い話があるか、というところで重要になってくるのが、「意思決定」と「評価軸」の話ということになります。

「意思決定」と建築主の関係性

先程も言いましたが、建築に関わる人は枚挙に暇がありませんが、建築を建てたい人は「建築主」です。

先ほどは書ききれませんでしたが、建築を建てたい人の問題と別に、お金を誰が出すか、という問題もあります。一義的には建築主がお金を出す人なのですが、もっと突っ込んで考えると、自腹で払えない場合がほとんどですので、建築を建てるために銀行からお金を借りたり、出資者を募りお金を出してもらったりすることが必要です。「大企業なら自社の資金だけで立てられるのでは?」という話もありますが、これも細分化して考えると、予算管理を行う経営企画部なり経理部なりと根回しを行った上で、経営層への承認を得て、予算を確保し執行する所定の事務手続きが必要になります。

(私自身はいわゆる大企業側の人で、前職はこの辺の面倒な調整ごとが専門でした、なのでこの辺りの話がしたくなる訳ですが。。。)

話が脱線しました。「建築主」も金を出す誰かの傀儡である可能性がある、ということを言いたかったのですが、いずれにせよ「建築主」が建築を建てるわけです。

建築は「意思決定」の連続でもあります。何を建てるか?どこへ建てるか?いつ建てるか?誰と建てるか?いくらで建てるか?という基本的なところから始まって、部屋の大きさはどうする?構造はどうする?仕上げはどうする?設備のスペックはどうする?さらに煮詰まると、外壁の色は?コンセントの数は?廻り縁の納め方は?外構に植える木の種類は?サインのフォントと色は?などなど、、、

こういったあらゆることの決定権は誰にあるか?法律や契約で縛られているものもありますが、私は、基本的には全てが「建築主」にあると考えています。なぜなら建築を建てたい人で、お金を出す人だからです。

当然専門的な分野やかなり些末なところは、それぞれの専門家や第三者が「適当なもの」を決められるような仕組みになっていますが、それでも一義的には建築主が意思決定者なのです。その意思決定の方法が、建築主の特性によってバラバラなわけで、その意思決定のスピードや委譲方法が建築主の腕の見せどころでもあるわけです。

行政が建築主の場合は、それはそれはたくさんの苦労があります。税金を納める市民、建物を使うのも基本的には市民、その代弁者として行政機関が有り、工事業者や設計者を入札で決めないといけない、会計法や各種法律、規程によりガチガチに固められている等、多くの柵の中で、声の大きいクレーマーのような市民からの要望をどう捉えて、どう受け流し、その中で皆の納得感のいく建築を作っていくか、はっきりいってこんなもの一担当者や部署で解決できる次元ではないはずなのに、ほかの部署は知らん顔、等、中での戦いもあります。

そんなこんなで行政関係が建築主となり、主導で動かすプロジェクトは時として泥沼のような問題にハマることが多々あります。その最たる例が、記憶にも新しい「新国立競技場」と「豊洲市場」の問題でしょう。

前置きが長くなりましたので、具体の議論は次回に回します。長くて中身のない話で済みません。

ざれーご


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