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Band On The Run 50周年記念! -ポール・マッカートニーとウイングス-

はじめに。
2024年の第66回グラミー賞でビートルズの "I’m Only Sleeping" の
MVが【Best Music Video】を受賞しました。
おめでとうございます!
今回受賞を果たしたビデオは2022年の REVOLVER-Remix に合わせていくつか公開された新しいMVのうちのひとつで、エム・クーパー/ Em Cooperさんというアーティストの制作によるものです。
1秒間に8枚の油絵を使い撮影していくという圧倒的な熱量と仕事量のアニメーションで、ぬめっと動くその質感が "I’m Only Sleeping" の楽曲のイメージに相まってとても素晴らしい作品です。
私たちが見慣れているビートルズの画像や映像を元にしたイメージから幻想的なイメージまで、とても美しいシーンが次々現れるMVを見てますます楽曲が好きになりました。
今後も世界の誰かがビートルズと新しく出会うチャンスのひとつになるよう、素晴らしいMVが作られていくことを願います。

前置きが長くなりましたが、今月2月2日にポール・マッカートニー&ウイングスの代表作 『バンド・オン・ザ・ラン 50周年記念エディション /  Band On The Run 50th Anniversary Edition 』がリリースされました。
今回はハーフスピード・マスタリングの音源に加え、新たに収録される未発表の『アンダー・ダブド・ミックス / Underdubbed Mix 』にも注目が集まりました。
今回の記念盤は、ハーフスピード・マスターエディション単品のLPと、アンダー・ダブド・ミックスとの2枚組のLPとCD、全3種のフォーマットでリリースされています。

Band On The Run 50th Anniversary Edition

アンダーダブドって?

アンダーダブド・ミックス

「アンダーダビング」という言葉はこれまで耳にしたことがありませんでしたが、アルバムリリース前にポールは「曲を作って追加でギターなどのパートを足すのは "オーヴァーダブ” だけど、この "Band On The Run" に新たに収録された "アンダーダブド" ヴァージョンはその逆の状態のものなんだ」「今まで誰も聴いたことがないような"Band On The Run" 」が聴けるよ!」と語っていました。

オーケストラなどの追加パートが入っていないこのラフ・ミックスは、1973年10月14日にジェフ・エメリックがAIRスタジオのピーター・スウェッテナムと一緒に制作したものだそうですが、これまで倉庫で眠っており未公開でした。

1973年のBand On The Run

1973年に発表されたこの Paul McCartney & Wings "Band On The Run" というアルバムは、その制作の背景もドラマチックというか波乱に満ちています。
ニューアルバムの制作にあたりポールは刺激を求めナイジェリアのラゴスのスタジオを選択しましたが、その出発の直前に方向性の違いやラゴス行きへの反発などを理由にリード・ギタリストのヘンリー・マッカラとドラマーのデニー・セイウェルの二人のメンバーがバンドを脱退。ウイングスは突如ポール・マッカートニー、リンダ・マッカートニーそしてデニー・レインの3人体制となります。

さらにラゴスに着いてからも、スタジオが完成しておらずスケジュールに遅れが出たりギャングに襲われてデモテープが奪われたり地元のミュージシャンが「アフリカ音楽を盗みに来た」と殴り込んできたり、また慣れない気候天候にも悩まされながら1-2ヶ月の滞在でなんとかレコーディングを終えるという、エピソードの羅列を見ているだけで疲れてくるような、ビートルズの Get Backセッションとはまた違った類の過酷なバックグランドを持っているのがこの"Band On The Run"という作品なのです。

ビートルズ解散後ポールがリリースした5枚目のアルバムとなった "Band On The Run" ですが、全英全米ともにNo.1を獲得するメガヒットとなりました。
猛烈にしんどい環境下で、ポール・リンダ・デニーの3人はこんなにも軽やかで楽しげで豊かな音楽を生み出していたのかと思うと「創造性の美しさ」みたいなものも感じさせてくれます。

Band On The Run ジャケ写

わたしはビートルズが好きすぎてメンバーのソロはこれまでほとんど聴き込まずに来て今更少しずつ4人の個々の作品を追っている段階なのですが、どれくらい疎いかというとこの "Band On The Run" の印象的なジャケット写真でポーズを取っている人たち全員がウイングスのメンバーなのかな?と結構最近まで思っていたレベルで疎いです。
因みにこのジャケットに写る人物のうちウイングスのメンバーはポール・リンダ・デニーの3人で、残りのメンバーは「囚人九人組」というポールのアイデアの元に集結した俳優やジャーナリストなどの著名人です。
色々とオマージュやパロディの画像を見かける魅力的な構図です。

Underdubbed Mixの魅力

"Band On The Run 50th Anniversary Edition" はアナログ盤とCDでもリリースされていますが、わたしは物理フォーマットではなくサブスクでその Underdubbed Mix を聴きました。
オリジナルの"Band On The Run" が大きなステージでの豪華なバンドの音源だとすると、最小限の音で構成された Underdubbed Mix には、ホームスタジオみたいなところで演奏しているのを近くで見せてもらっているようなゴージャス感があります。

「 "JET" は上物が乗っているほうが迫力があるな」など Underdubbed Mixは曲によって向き不向きというか好みがはっきり分かれそうだとも思いましたが、ここ最近ゆるっとした緩音楽(造語) がブームの自分は総じて好みのミックスでした。
音楽を雑多に聴いていると、重厚で隙のない音の波に飲まれたり、テチテチトストスいってる電子ドラムに無意識にリズムを取ってしまうことに少し疲れることが時折起こるんですが、なんとなく隙だらけの Underdubbed Mix は、「何か聞き逃したり気づけていない情報はないか?」とかいうことも考えずに垂れ流すことができてしんどくなくていいな、なんても思います。

そして何よりゼロから音楽が作り上げられていくその過程を想像させてくれるのも大きな魅力だと思います。
このミックスでは、ポールが楽曲の中で実際にこの後に重ねたい音をギターや声で表現しているように聞こえます。
ビートルズ時代からポールはレコーディングを始めた時点で明確に楽曲の完成版が頭の中にあり、そこが抽象的なイメージでレコーディングに臨むジョンとの違いだ、みたいなことがジョージ・マーティンらによって語られてきましたが、ここでもそのポールの大局観的な能力の片鱗が垣間見えて痺れます。

ビートルズの "赤盤青盤 2023 Edition" でもMALという技術を使いミックスされたこととにより、それまで殆ど聴こえていなかったようなひとつひとつの楽器やボーカルの音がくっきり聴こえてまるで違う曲を聴いてるような驚きがありましたが、さらにこの Underdubbed Mix は、例えば重ねられていたオーケストラの音がまるっと無かったりするのでかなり違った印象を抱く楽曲もあり、新鮮です。

ビートルズの "Let It Be…Naked" とは若干趣が異なりますが、2010年にリリースされたジョンとヨーコの "Double Fantasy: Stripped Down" みたいな感じと言うとイメージが伝わり易いかもしれません。

リードボーカルが入っていなかったりコーラスやギターやキーボードが聞こえなかったりオリジナルと曲順も違うなど Underdubbed Mix については好き嫌いも分かれそうな気がしますが、それぞれの楽器の音がくっきり聞こえていいな、とも思いました。

ポールのソロ作品をさほど聴き込んでいないわたしにとっては、"nineteen hundred and eighty five" の装飾のない、というかリードボーカルさえ入っていないシンプルなアンダーダブド・バージョンなんかは最高に素晴らしく感じます。
楽曲のラストに Band on the run reprise も無い!という決定的な違いもありますが、特にそこにも違和感を抱くことなく聴くことができました。
でもそれは、多分わたしがビートルズの楽曲ほどソロの楽曲に親しみ深くないからこその感想で、オリジナルの "Band On The Run" に耳馴染みがある方は当然全く違った印象や感想を抱くでしょう。
そして "Band On The Run" を聴き込み、ポールやウィングスの活動をずっと追ってきた方にとっては、この音源の持つ重要度や意味合いや感動がわたしよりずっと大きいんだろうな、と羨ましくも思います。

ハーフスピードマスタリングとは?

Band On The Run-Half Speed Mastering

さて今回 "Band On The Run" 50周年を記念して Underdubbed Mix と同時にリリースされたのが ”Half-Speed Mastering”盤です。
こちらは USオリジナル・アルバムのリマスター版で、ロンドンのアビー・ロード / Abbey Road スタジオで、マイルス・ショーウェル / Miles Showell 氏が1973年のオリジナル・マスターテープを高解像度で転送したハイレゾ音源を使用してハーフ・スピード・マスタリング / Half-Speed Mastering したものなんだそうです。

わたしはサウンドについては知識も耳も赤ちゃん状態なので、音が美しいとか素晴らしいとか感動や違いを言語化することができませんが、とにかく高音質の極みなんだろうなということは何となく理解できます。

このMiles Showell 氏はビートルズの最後の新曲 "Now And Then" のマスタリングも担当された方ですが、アビー・ロード スタジオで37年にわたりビートルズやローリング・ストーンズなど多数のアーティストの作品に携わり、この特殊なハーフスピード・マスタリングを行える数少ないエンジニアの一人です。

で、「ハーフスピード・マスタリングって何?」とググってみたところ、次のようなことが分かりました。

ハーフスピードマスタリングとは?

ハーフスピードマスタリングとはレコードの元となるラッカー盤をカッティングする時の手法のことを言い、マスター音源を通常の半分の速度で再生することで、よりたくさんの音楽情報を抽出することが可能となります。
また同時にカッティングマシンも半分の速度で回しながらカッティングを行いピッチを下げることで、カッティングの際に難しいとされる高周波帯域などのコントロールが容易になり、その結果サウンドに対して理想的なカッティングを行うことができるんだそうです。

Showell 氏によるとカットしている時のサウンドは全てがゆっくりなので聴いても全然面白くないし、単純に通常のリマスターの2倍の時間が必要で根気のいる作業ですが、再生してみると信じられないような素晴らしいサウンドになっている!ということです。
マスタリングも奥が深いんだなと今更ながら感動しています。

ポールのHalf-Speed Mastering 作品

ポール・マッカートニー Half-Speed Mastering 作品

ポールのソロやウイングス名義の作品では、2020年にリリースされた
ソロ第一弾の "McCartney" から "RAM", "WINGS WILD LIFE" ,"RED ROSE SPEEDWAY" とそれぞれの作品で "50th Anniversary Half-Speed Master Edition" がリリースされてきましたが、今回 "Band On The Run" のHalf-Speed Master Edition が出たことで、その高音質の音源を心待ちにしていたファンにとっては素晴らしいコレクションが追加されたということになります。
帯を並べて眺めているだけで幸せな気持ちになれそうです。

1973年の10月にミックス作業がなされた時にはまだ "Band On The Run" のアルバムに "Helen Wheels" が収録される予定がなかったため、今回新登場したUnderdubbed Mix  には "Helen Wheels" は入っていませんが、"Half-Speed Master Edition" はUS版の曲順を採用しているためヘレンが収録されています。
わたしはこの曲が好きなのでアルバムに収録されていることは歓迎なのですが、もしかするとどのタイミングでどの国のアルバムを初めて聴いたかによって、ファンの方々の間でも "Band On The Run" にヘレンが入っているのは「アリ派」と「ナシ派」が存在したりするのかな?と想像したりしています。

デニー・レインとポール

Paul McCartney 公式Instagram

昨年2023年、この"Band On The Run 50th Anniversary Edition" リリースのアナウンスがあった直後に、ウイングスで長きにわたってポールの唯一無二の強力な音楽的パートナーを務めたメンバーのデニー・レインの訃報がありました。
ポールは直後にSNSに追悼の意を表し、またGOT BACK TOURの中でも彼に向けて "JET" を演奏したりしていましたが、追悼文の中でポールは彼のことを「素敵なユーモアのセンスを持った優れた才能の持ち主で、他人に手を差し伸べることのできる人だった」と称えています。
そして「一時期は疎遠になってしまっていたけど、最近また友情関係を再構築して一緒に過ごした思い出を共有することができた」とも明かしていて、それはポールにとってすごく救いだっただろうなと感じます。

出来ることならポールもデニーも共にこの "Band On The Run" の50周年を祝いたかったでしょうし、ファンもそうあって欲しかっただろうと思います。
このアルバムを作った時のウイングスのメンバーはもうポールひとりになってしまいましたが、ポールには一層元気でいて欲しいと強く願います。

さいごに

ビートルズは Get Back のドキュメンタリーで楽曲を生み出す苦悩やバンドの葛藤を見せてくれましたが、今回発表されたウイングスの "Band On The Run" Underdubbed Mix は楽曲が作品として完成する過程を明らかにし、レコーディングの様子や曲が出来上がるまでの様々な可能性を想像させてくれる魅力的な作品だと思います。

さらにビートルズのメンバーのソロ作品では、ジョンの "Mind Games" も今年50周年を迎え、その記念のアルティメイト・コレクションやハードカバー本のリリースが6月に予定されています。
そしてなんと言っても2月はジョージ・ハリソンの誕生月ですので、"Band On The Run" に引き続き、今月はジョージのソロ、特に今年50周年を迎える "Dark Horse" あたりから聴いていこうかなと思っています。

立春を迎えてもまだまだ寒い日が続きますが、どうぞビートリーでヘルシーな日々をお過ごし下しさい。

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