ドンキホーテ_サンチョパンサ

ラーメンキング

 この人にだけは、なりたくないな。
 そう思う人が、知り合いに一人いる。彼はボクより2つ年下で、これを書いている現在、28才。彼のようになりたくないと言っても、彼の性格やルックスに問題があるわけではない。むしろ、彼はナイスガイといっていい男だろう。
 ただ、彼のように、不幸に気に入られたような人間には、なりたくない。
 ボクらのような、徒手空拳で行き当たりばったりの生き方をしている人間にとって、ツキがないというのは大問題だ。
 彼と初めて会ったのは、中学生のとき。――ボクが中三で、彼が中一だった――
 彼の兄貴とは、その前から面識があった。まあ、面識といっても、なんどか顔を会わせたことがある程度だったが……。中一の3学期途中、中途半端な時期に転校してきた彼の兄貴は、ボクとは違うほかのクラスだったが、新しい学校の指定している、背中に背負うタイプの通学用鞄を買ってもらえず、ずっと前の学校指定の、手から下げるタイプの皮の鞄を使っていたのが印象に残っている。
 1学期途中で転校してきて、新しい鞄が買ってもらえず、ずっと前の学校の、肩からたすきがけにするタイプの鞄を使っていたボクは、自分以外にも、みんなと違う鞄を使っているヤツがいて、なんとなく安心したのを覚えている。思春期の子どもにとって、どんな些細なことでも、みんなと違うというのは心地が悪い。
 その後、ボクと彼の兄貴が3年生に上がる年に、ふたつ下の彼と、ボクの弟は同じ中学校の新入生になった。その頃にはボクは学校に通うのを辞めていて、彼が学校でどんな生徒か、彼の兄貴はいい加減、新しい鞄を買ってもらえたのか? 学校でのことは何も知らなかったが、たまたまボクの弟と彼の仲が良かったおかげで、彼のプライベートな部分を知る機会がなんどかあった。
 家庭環境は最悪で、彼はいつも腹を空かせていた。彼がウチに来ると、どれだけ炊いていても、炊飯器の中から米が無くなると、よく母がボヤいていたのを覚えている。
 ウチは母とボク、弟がふたりという家族構成で、彼は父親と兄、妹という構成だった。彼の母親は、子どものことよりも好きな男と一緒に、大阪で暮らしていた。なんどか見たことのある彼の父親は、顔全体を覆うように髭が生えていて、いつも作業服に長靴といういでたちで、暗い表情をしていた。
 お互いに訳ありの家庭で育ち、互いに次男坊で、互いに排他的な田舎町によそから転校してきた。ウチの弟と彼が仲良くなったのは、当然のこと、似た部分に共鳴するものがあったんじゃないかと思う。

 このご時世に、家にシラミが湧いて、彼と兄貴は坊主頭に、妹はかなり短い髪型になっていたことがある。
 彼はウチの弟を含む数人と、悪さをして、補導されたことがある。その時に警察に迎えに来た父親に、他の保護者や警察の人が必死に止めるほどボコボコに殴られた。
 彼は家庭に問題があるが、一般的にいう不良のようなタイプではなく、荒んだ空気を出している分けでもなく、むしろおとなしい性格だったため、問題児連中の中では、比較的軽い扱いを受けていたように見えた。
 彼の家にはよく、児童福祉司が尋ねて来ていた。
 その内に、彼は家に帰らなくなり友達の家を転々とするような少年になったが、どの家も、当然のことながら中学生の家出少年を長居させてはくれなかった。
 ウチの親は、比較的にそういったことに寛容というか、放任主義を貫くため、彼が泊まりに来ても、前記した「炊飯器の米がなくなる」とボヤく意外、なにかを口うるさく言うことも無かったので、なかなか長い期間、ウチに泊まっていたが、その内に、学校では問題児扱いの弟の友達連中が溜まるようになると、教師やPTAから目をつけられるようになり、頻繁に先生や保護者がウチに見回りに来て、子ども達を家に帰すように注意するようになった。すると彼は気を使ってか、ウチに泊まることも無くなった。
 学生時代の最後のほうは、彼はほとんど家に帰らず、万引きをしたり、寺や神社の賽銭を盗んだりしながら、飢えをしのいだ。道端で寝て夜を明かし、冬の寒い日なんかは、マンションのエレベーターの中で寝て、たまに夜中、マンションの住人の乗り降りがあると、その音で目を覚まし、逃げるように別の場所へ移って、睡眠をとったそうだ。
 中学校を卒業してからの、彼の生活については詳しく知らないが、卒業後お金を貯めて大阪に行き、母親の側で暮らしていたと聞いた。

 彼が中学校を卒業してから、13年も経ったある日、ひょんな場所で彼と再会した。
 正月開けに、弟と一緒に、地元である田舎町の温泉に行ったときに、偶然、彼も居たのだ。
 弟は彼が地元に帰ってきていることを知っていた様子で、とくべつ驚いた風もなく、ボクに「全然変わってないだろ」と彼のことを紹介してくれた。
 たしかに彼は、少年だったころっと、あまり変わっていなかった。人並み以上に苦労しているはずだが、年の割りに、幼い顔をしていた。
 妙にテレくさそうに「久しぶりです」だかなんだか、そんな挨拶をしてくれたが、2日半前に、婚約者にフラれて、感情が壊死していたボクは、懐かしの再会に感動することもなく、口の中でなにかつぶやいて、会釈を返しただけだった。

 その年、東京から地元へ引き上げてきた弟と、大阪から引き上げてきた彼は、10年以上過ぎた時間なんか関係なく、昔みたいに、一緒につるむようになった。
 ある日、弟の口から、彼が自分でショットバーをやると聞いて意外に思った。彼はバーをやりそうなタイプではない。どちらかといえば技術職――なにかを黙々と作らせたり――そんなことの方が似合いそうなイメージがあった。
 彼の母親の夢が、自分で飲み屋をやることなのだそうだ。特別なにかやりたいことがあるわけではない彼は、その母の夢を自分が叶えてやろうと思ったそうだ。
 店の経営が軌道に乗れば、ゆくゆくはその店を母親に譲る。そんな風に思ったらしい。
 店をオープンするための準備を進めている矢先に、彼の母親は死んだ。原因は男に浮気をされたことだった。首を吊って自殺した。
 死体を発見したのは彼だった。
 彼には大きな心の傷と、やる理由のないバーが残された。
 人の親や、死んだ人のことを悪く言うのは無粋なことだと分かっているが、その話を聞いて、ボクは、「最低のクズ」彼の母親のことをそう思った。
 母親が自殺して以来、彼はひどい心の病気に掛かった。
 急に床を舐めだしたり、夜中に彷徨うようにほっつき歩いて、中学生の頃のように道端で寝たり。
 それでも彼は、予定通り店をオープンさせ、安いだけで接客も何もない店だったが、営業を続けた。
 彼の心の傷の深さを見るほどに、好きでもない仕事を続けている姿を見るほどに、彼が母親をどれだけ愛していたのかを、見るような気がした。
 子どもを捨てて、男を愛したような女でも、彼にとっては母親だった。彼は、親が子を思う気持ちよりも強く、母親のことを愛していた。

 その年の夏に、ボクは呑気に地元の商店街で毎年行われているラーメン早食い大会に出場した。
 8月の毎週土曜日に行われていて、最後の週には各週の優勝者を集めてのグランドチャンピオン大会まで行われる。
 傍から見れば、だいぶどうでもいい催しに見えるだろうが、商店街の人からしてみれば、一大イベントだし、これが、いざ出場してみると思いのほか熱くなる。
 たまたま商店街で店をやっている人と知り合いだったボクは、誘われるがまま8月最初の週の大会に出場した。
 もともとボクは早食いに向いているようなタイプではなく、結果は惨敗だったが、その話を聞いた弟が、面白そうだから出場してみたいと、翌週の大会に友達連中を大量に連れて出場した。その中に、彼も居た。
 5つほどのグループに分かれて、順にラーメンを早食いしていくのだが、普通の人で大体たいらげるのに2分強かかる。(ちなみに、先週の優勝者は、――前年度のグランドチャンピオン大会2位という実績を持っている――51秒という記録を出していた)
 10人ほどいた弟の友達連中が平凡なタイムで敗退していく中、最後から2番目の組で、彼の出番が回ってきた。
 これだけ居れば、誰か優勝できるだろうと、最初は意気揚々としていた友達連中も、この頃になると意気消沈して、あきらめムードが漂っていた。
 そんな中、彼は揚々とヤキソバを食べながらステージに現れた。進行係に食べかけのヤキソバを渡し席に着く。かなり躁の状態に見えた。
 その姿を見ながら、彼の病気を知っているボクは、なんだかヒヤヒヤした。
 観覧席の最前列に、彼のことを応援する男女の姿が見えた。男は痩せ型のボクから見ても、異常に痩せていた。
 彼の友達かと思ったが、後から聞くと彼の兄貴と妹だった。――これもあとで聞いた話だが、痩せすぎに見えた彼の兄貴は、病気で大腸だか小腸をほとんど摘出していた。
 その話を聞いたとき、やはり彼ら兄弟は不幸に気に入られている。ボクはそう思った。
 司会者が順に出場者のことを紹介し、スタートの合図が鳴った。
 それは、本当に一瞬の出来事だった。目を奪われる暇もなかった。――実際にボクが他の出場者のことを見ている間に終わった。
 驚きの声に気がついて目を向けると、彼はカラになった器を掲げていた。
 体感ではスタートの合図が鳴ってから、30秒も経っていないように思えた。
 彼は他の出場者が一生懸命ラーメンを食べるのを尻目に、預けたヤキソバを取り返すと、残っていた分を一気にかき込むというパフォーマンスまでやってのけた。
 司会者が彼のタイムを読上げる。――感嘆の声が起こった。
「50秒ちょうど」
 先週の優勝者のタイムを、わずか1秒だが更新していた。
 ボクらは生気を取り戻した。ステージから戻ってきた彼を、仲間が取り囲むなか、彼の兄貴がやって来て、人垣をかき分けて彼とハイタッチした。
 しかし、すぐにボクらは緊張した状態に落とされた。
 最終組に去年のグランドチャンピオンがいると司会者が言ったのだ。グランドチャンピオンの持ちタイムは41秒だと、信じられないことも言った。
 41秒!! それだけの時間で、器まで熱せられた、熱々のラーメンを食べきれる人間が居るとは、とても信じられなかった。
 観覧席の隅に、先週の優勝者が居るのを見つけた。――昨年のグランドチャンピオン大会準優勝の男が、今年もチャンピオンの座を争うであろう相手のことを見ていた。
 滑稽なようだが、彼らはこれに命をかけている。スポーツ選手が競技にかけるのと同じように。そんな大袈裟なことを思った。
 スタートの合図が鳴り、チャンピオンがラーメンを食べだした。
 早かった。持ちタイムでは、彼のことを上回る男に、ボクらの視線は集中した。
 ボクは心の中で祈った。まるで、競輪に行って、最終レースに有り金を全てつぎ込んだ時のような心境になった。
 上げられて落とされる。良いことなんて続きはしない。いつもそうだ。――ボクも弟も、彼も彼の兄貴も妹も、ボクらはいつも、なんだって最終的には無常な結末になることを知っていた――一生一緒にいると思っていた女性(ひと)を、他の男に奪われたり。幸せにしようと思っていた母親に死なれたり。
 そんな経験から、ボクらは誰も、疑いもなく勝利を信じるなんて無垢なことは出来なかった。
 グランドチャンピオンがスープを飲み干し、空になった器を掲げた。
 ドキドキした。
 司会者がタイムを読上げる。
「1分!」
 その瞬間、友達連中は勝どきを上げ湧き上がった。
 グランドチャンピオンは苦笑いを浮かべ、少し首をかしげた。
 準優勝の男は、チャンピオンから、彼に視線を移していた。彼を見つめる眼差しは、“活きの良い若手が現れたな”そんな風に思っているように見えた。――すでに、今年のグランドチャンピオン大会での、彼との対戦を見据えているようだった。
 彼は、笑っていた。浮かれる仲間に囲まれて、「ラーメンキングだ!!」と囃し立てられる中で、
 悲しいことなど、何もないかのように、
 彼は笑っていた。

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