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Gallagherの自己帰属感(身体所有感)と運動主体感

アメリカの哲学者・認知科学者であるShaun Gallagherは最小の自己として『sense of ownership(自己帰属感・身体所有感)』、『sense of agency(運動主体感)』という2つの概念を提唱しました[1]。この2つの概念は、UI設計において非常に重要だと言われています。この記事では、Gallagherの元の論文とそれに関連する研究を元に、sense of ownershipとsense of agencyについて紹介します。

Shaun Gallagher

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sense of ownership と sense of agency

Gallagherは、最小の自己として『sense of (self-)ownership』と『sense of (self-)agency』の2種類があると述べています[1]。

sense of ownership(自己帰属感、身体所有感)

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一言で言うと「自分の」感 です。「これは自分の身体だ」、「これは自分の感情だ」、「これは自分の考えだ」とこれら全てSense of ownershipになります。Gallagherが提唱したsense of ownershipは、身体、感情、思考の全てにおいて感じるものです。

しかし、最近はsense of ownershipという言葉を主に身体限定の意味で使っていることが多いです。そのため、多くの論文や本ではsense of ownershipは「身体所有感」と和訳しています。全体的な意味と身体限定の意味を区別するために、全体的な「自分の」感を表す『sense of self-ownership』に対して、身体限定であることを強調するために『sense of body-ownership』という言葉を使っている論文[2]もあります。基本的にsense of ownershipという言葉を見たら、「自分の身体の一部またはその全体のように感じること」という意味で使われていると考えて良いと思います。(この記事でも、sense of body-ownershipの意味でsense of ownershipという言葉を用いています。)

ちなみに本当の自分の身体ではないものにもsense of ownershipを感じることがわかっています[3, 5]。例えばテニスラケットを振ったとき、テニスラケットが手と同じ動きをするので、脳はテニスラケットを「自分の身体の一部」のように感じます。猿を用いた研究では、熊手のようなもので餌を取る訓練をさせた結果、手を見たときに反応したニューロン活動が熊手を見ても反応するようになったといいます[4]。この結果から、たとえ本当の身体でなくても、自分と同じ動きをするものに対して、脳は「自分の身体」と認識することが考えられます。また、ゴムでできた偽物の手と衝立で隠した本物の手を同じようにブラシで撫でると、実験参加者はゴムの手が自分の手のように感じることが分かっています[5]。

sense of agency

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sense of agencyとは、「これを行ったのは自分だ」という感覚です。「この行為を制御しているのは自分だ」、「この行為を引き起こしたのは自分だ」というのがsense of agencyになります[6]。

「この行為を制御しているのは自分だ」の例として、テニスがあります。テニスでラケットを振ったときに「ラケットを振ったのは自分だ」というsense of agencyを感じます。また、テレビゲームでキャラクターを操作しているときに、そのキャラクターに対してsense of agencyを感じます。

一方、「この行為を引き起こしたのは自分だ」の例として黒ひげ危機一発があります。例えば黒ひげ危機一髪で剣を差して黒ひげが飛んだとき「黒ひげを飛ばしたのは自分だ」というsense of agency感じます。

sense of ownershipとsense of agencyの関係

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Gallagherによると、sense of ownershipとsense of agencyはそれぞれ独立した感覚であるといいます。

両方感じる場合:
例えばテニスラケットを振っているときは、「ラケットは自分の身体だ (sense of ownership)」と「ラケットを振っているのは自分だ (sense of agency)」が両立します。

sense of agencyのみ感じる場合:
黒ひげ危機一発の場合は、「黒ひげを飛ばしたのは自分だ (sense of agency)」と感じます、「飛んだ黒ひげは自分だ (sense of ownership)」と感じません。

sense of ownershipのみ感じる場合:
歩きスマホしている人にぶつかって体が吹っ飛んだ場合、「吹っ飛んだ身体は自分のだ (sense of ownership)」と感じますが、「身体を吹っ飛ばしたのは自分だ (sense of agency)」と感じることはありません。

このような例があることから、Gallagherはsense of ownershipとsense of agencyがそれぞれ独立していると考えました。また、Tsakirisらの研究では脳におけるsense of ownershipを感じる部位とsense of agencyを感じる部位が違うという結果が報告されています[7]。

「sense of ownershipによってsense of agencyが引き起こされる」[8]、または「sense of agencyによってsense of ownershipが引き起こされる」[9]という研究結果があります。このことから互いに相関関係がある加算型モデルを提唱する研究者もいます。一方、加算型モデルのような単純なモデルではなく、sense of ownershipとsense of agencyの複雑な関係を説明できる精緻なモデルが必要ではないかという考えもあります[10]。

UIデザインとsense of ownership & agency

sense of ownershipとsense of agencyはUIデザインにおいて重要な要素であると考えられており、この2つの感覚のメカニズムを解明しようと様々な研究が行われています。では、そもそもなぜこの2つがUIデザインに必要なのでしょうか。

UIデザインとsense of ownership

渡邊は著書『融けるデザイン』の中で、UIで直感的で気持ちいい操作ができる理由としてsense of ownershipがあると述べています[10]。この本では、マウスカーソルとiPhoneを例にしています。

カーソルは、ユーザがマウスを持ち動かすことで操作します。このときカーソルは、(マウスを持った)ユーザの手と連動して動きます。テニスラケットの例にあるように自分の動きと連動するものに対してsense of ownershipを感じるということがわかっています[3]。つまり、自分の手と連動するカーソルを自分の身体の一部のように感じることで、ユーザはカーソルを意識することなく直感的に操作できるのです。

また、スマートフォンでは『画面全体』にsense of ownershipを感じます。スマートフォンでスクロールをするとき、画面が指に追従して動きます。これによって、画面が自分の身体の一部のように感じ、気持ちいい操作を可能にしています。

実際にAppleのインターフェースデザインチームも「心地よいUIをデザインするには、ユーザに身体の延長のように感じさせることが重要である」と発言しています[12]。

UIデザインとsense of agency

sense of agencyもUI設計に必要な要素です。『Designing the User Interface』という本の中で、UI設計に必要な8つのルールを紹介しており、その中の1つに「keep users in control(ユーザに制御している感を保たせる)」があります[13]。これは、「ユーザはUIを操作したときに、望んだ応答をしてくれないとイライラする」という観測に基づきます。例えばスマートフォンでボタンを押しているのに反応してくれなかったり、スクロールのジェスチャしてから数秒遅れて画面がスクロールしたりするとユーザはイライラします。これは、「このスマートフォンを操作しているのは自分だ」というsense of agencyが低いことが要因として考えられます。そのため、ユーザが思い通りの操作ができるようなUIデザインが必要になります。

おわりに

この記事では、Gallagherの論文を元にsense of ownershipとsense of agencyについて紹介し、それらの感覚とUIデザインとの関係についても述べました。今回の記事では、分かりやすく伝えることを重点に置いているので、細かい説明を省いた部分があります。その細かい部分については、別の記事でまとめる予定です。興味をもった方は、実際にどのような議論があるのか調査してみるといいと思います。

参考文献

[1]Gallagher, S. (2000). Philosophical conceptions of the self: implications for cognitive science. Trends Cogn. Sci. 4, 14–21. doi: 10.1016/S1364-6613(99)01417-5
[2]Tsakiris, M. (2011). The sense of body ownership. in The Oxford Handbook of Self, ed S. Gallagher (New York, NY: Oxford University Press), 180–203.doi: 10.1093/oxfordhb/9780199548019.003.0008
[3]Tsakiris, M., Longo, M. R., and Haggard, P. (2010). Having a body versus moving your body: neural signatures of agency and body-ownership. Neuropsychologia 48, 2740–2749. doi: 10.1016/j.neuropsychologia.2010.05.021
[4]入來篤史. (2004). 道具を使う猿. 医学書院.
[5]Botvinick, M., and Cohen, J. (1998). Rubber hands “feel” touch that eyes see. Nature 391:756. doi: 10.1038/35784Botvinick, M., and Cohen, J. (1998). Rubber hands “feel” touch that eyes see. Nature 391:756. doi: 10.1038/35784
[6]Braun, N. et al. (2018). The senses of agency and ownership: a review. Front. Psychol. 9. 535. doi: 10.3389/fpsyg.2018.00535
[7]Tsakiris, M., Schütz-Bosbach, S., and Gallagher, S. (2007). On agency and body-ownership: phenomenological and neurocognitive reflections. Conscious. Cogn. 16, 645–660. doi: 10.1016/j.concog.2007.05.012
[8]D. Burin, M. Pyasik, A. Salatino, L. Pia. (2017). That's my hand! Therefore, that's my willed action: How body ownership acts upon conscious awareness of willed actions. Cognition. 166, 164-173. doi: 10.1016/j.cognition.2017.05.035
[9]Liepelt R., Dolk T., Hommel B. (2017). Self-perception beyond the body: the role of past agency. Psychol. Res. 81, 549–559. doi: 10.1007/s00426-016-0766-1
[10]嶋田 総太郎. (2019). 脳の中の自己と他者―身体性・社会性の認知脳科学と哲学― . 日本認知科学会
[11]渡邊恵太. (2015). 融けるデザイン―ハード×ソフト×ネット時代の新たな設計論. ビー・エヌ・エヌ新社
[12]Apple. (2018). Designing Fluid Interfaces.
[13]Shneiderman, B., and Plaisant, C. (2013). Designing the User Interface: Strategies for Effective Human-Computer Interaction. 6th Edn. Reading, MA: Pearson Addison-Wesley.

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