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ずるずると息子が私の体から引きずり出されて出て行ったのが6年前。

陣痛時、下腹部で何か強い意志を持った息子は「おれは!ここを!出る!絶対に!」という感じで私の体をこじあけていたのにいざ出るときは医者の手を借りて引っ張られてようやくお目見えという弱々しさで、土気色を通り越して少し緑色の肌になっていたらしい私はそれでも「ええ…?」と思った。
ええ…?なんだよ…弱っちいじゃん…

で、さらに初めてモノクロのエコー画像以外で見た顔はあまりにも自分に似ていて「うわ…エイリアン…」と言ったのを覚えていて、にょろにょろと動かす指や脈略なく繰り出されるキックは会う前に知らない誰かが私の腹の中でやっていた動きとおんなじだった。

そうか、やっぱり君か。知ってる知ってる。

感慨なんかない。2日続いた陣痛でろくに寝てなくてただ疲れていた。子を抱えて緑色の肌のまま分娩台上で家族初めての3ショットを撮影して、特撮のように小さいのにきちんと生え揃った爪をみて「ほぉ〜よくできてる…」と言ってそのまま寝た。分娩台の上で。

で、6年。入園式を終えてあと2週間で卒園式を控え、その先には小学校への入学まで待っているのにまだなんの感慨もない。

息子が上着のジッパーをあげている時、
コアラのマーチの絵柄の意味がよくわからないと説明を求めてくる時、
自転車のチャイルドシートに座ろうとよじのぼっているのを眺めている時、

私はこの生き物が自分の家族だということにまだ驚いてしまう。

特撮のように小さくてもきちんと生え揃ってあった爪、
呼べば立ち止まって振り返る、私の話はちゃんと聞くか故意に無視する、
平然と嘘をつく、嘘がバレていることに気づくと少し笑う、
自分の手で何かを掴む、文字を読む、話をする。意思がある、別の生き物が、彼が選んだわけでもなく、私が選んだわけでもなく同じ家で生活している。

不気味で奇妙な関係だと思う。私にとってはこれ以上ない幸運で本当にいままでの地獄差し出してもまだお釣りを払わないといけないような気持ちになるけど彼にとってはどうだったのかまだわからない。

彼はたまの電車かもしれないを歌えるけどセーターが何を指すのか知らないままでいる。
彼はペニーワイズもチャッキーもエイリアンも知っているけどジブリ映画を一本も観たことがない。
うさぎやうまという単語を覚える前にデロリアンという言葉を覚えた。手あそびうたを始める前にデルタフォースのサントラで踊り始めた。

そう育てたかった訳じゃない。私だって一生懸命おかあさんといっしょを見せた。アンパンマン、ボタンを押すとその絵柄の動物の鳴き声がする絵本、デザインあの展示、家にはレコードと同じくらいファンシーなおもちゃにもあふれていたし、絵本も偏りなく選んだつもりでいる。というか、図書館で面になってるものはとりあえず手に取って読んだ。

いまでもこれは、母親の私がつまらなそうにしてしまっていたからではないか、
極端に察しがよく優しい息子は私に気を使って自分が観たいおかあさんといっしょよりターミネーター2を選んでくれたのではないかと思うことが時々あって、罪悪感というか、ゴミのような自分が息子に与えている最悪な影響について考えてしまう。
私が喜ぶから「筋肉ムキムキマッチョマンの変態野郎だ」とキメ顔で言ってくれて、結果同級生はおろか大人にすら脈略なく話す頭のおかしい子どもだと思われているのかもしれない。
脈略はある。淀川長治が紹介してきたような映画を一通り見ていたらそれは読み取れる。
でも平成になってから30年も経ついま、その脈略を読み取ってくれる人たちが幼稚園に、公園に、教室に、どれだけいるかというとなぜか随分少ない。

申し訳ないことをしたかもしれない。

でも本当に幸せだ。ありがとう。と、思う。思っている。これは私の人生の中でも最高のわがままだ。本当に私は私がただ幸せになるためにしか息子といない気がする。息子のために何かしてやった気がしない。6年間ずっと。

なんの感慨もなく、これからも私はたぶんただただ一方的に与えられた幸福を食べ続けて生きていくことになる気がする。最近はそのことを改めて考えるきっかけになる出来事もあって罪悪感で少し痩せた。はあ。「小学生になんかなりたくない」と泣きながら言った息子に私は小さな声で「じゃあどうしても嫌になつたらおかあさんと映画館とか図書館とか美術館行って暮らそう」としか返せなかった。それは私の不登校時代なんだけど。

来年の2月22日はどうだろう。この罪悪感が少しはマシになっていたりしないかな。しないだろうな。

zdlmlq

息子の頭がちょっとアレでして

ちょっとアレな息子観察記録
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