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彼の楽譜を辿る


「毎日勉強ばかりして、頭おかしくなりそう。たまには息抜きしない?」


彼にそう言われて私たちは高原に足を運んだ。
その日は晴れていて、少し冷たい秋風が心地いい日だった。


手のひらで日光を遮り、目を細めながら彼は言った。


「空気、すごく美味しいね。肺が2個じゃ物足りない。あと1年分くらい貯蔵したい。」

「そうだね。この地域はタバコとか工場の煙とか禁止されているんだって。」

「そうなんだ。俺、こういう所に住みたい。」

そう言いながら大きな高原で贅沢に寝そべった。


その隣に腰を下ろし、空を見上げる。
雲は気持ちよさそうに空を泳いでいた。


隣で寝ている彼に聞いた。


「この雲たちどこを旅してきたんだろうね。」

「そうだなあ。きっと広い世界を知っているんだろうね。」

「あんなにスイスイ空を泳げたらどんなに気持ちいいんだろう。」

「雲は泳いでるんじゃないよ。風に身を任せているだけ。八方美人だよ。」


彼が意外にも真面目に答えたから、私は笑った。
そんな話をしながら20分ぐらい寝っ転がって八方美人たちを眺めた。


しばらくして、彼が口を開いた。


「音。聞こえる?」

「ん?なに?」

「風の音。鳥の鳴き声。葉のざわめき。川の流れる音。こんな贅沢な音、無料で聴けるんだね。」

「確かに、車の音とか生活音とか全然しないね。」

「うん。生きる音がする。」

「生きる音、、、。」


彼は高原に響く自然の音を 生きる音 と表現した。
確かに生きている物の音は死んだら聞こえない。
彼がその音を贅沢と言ったのも納得した。



その後、私たちは高原を散策した。


足元にはまるで夕日に染められたような落ち葉が広がっていた。

落ち葉を踏むとカサッと音が鳴る。
リズム良く踏むと、とても心地いい。
前を歩く彼の音に合わせてみる。


彼の楽譜を辿りながら歩いていると沼に着いた。


「1度だけ水面の世界に入りたい。」

彼が水面を見つめながら言った。

相変わらず長いまつ毛、透き通った鼻。
色素の薄いその目と髪の毛は紅葉の色にピッタリだった。


「なんでそう思うの?」

そう聞くと彼はため息をついて、

毎日同じ時間に朝ごはんを食べ、登校し、当たり前のように授業を聞く。
昼ごはんを食べたらまた授業。
受験生というプレッシャーをカバンに詰め込んで帰宅する。
叶うかどうか分からない夢を追いかけて、毎日不安になりながらひたすら問題を解く。
そんなことを繰り返していると、何で自分はプログラムされたように毎日同じことを繰り返しているのか、もっと自由な世界はないのか、と考えるのだと話した。


確かに、私たちは毎日当たり前のように決まった生活をしている。それが当たり前だと思っていたからそんなこと考えることは無かった。

その後、彼は付け加えて言った。

「人生一度きりなのにね。」


ああ。また納得させられた。

いつ死ぬかも分からないのに自分のやりたいことをせずに周りに合わせて生きるのは少々勿体ないな、と思った。

もちろん我慢も必要だけれど。

食べたいもの
話したい人
見たいもの
好きな人
挑戦したいもの

諦めたり、先延ばしにしたらもう一生手に入らないかもしれない。

彼はいつも真っ直ぐに物事を考えていて、その茶色い目の奥には私の知らない世界が広がっている。

たまにその目の奥を覗き込んでみたい、と思う。

愛用しているNikon


沼を離れた後、彼と綺麗な落ち葉探しをした。

2人で無心になって落ち葉を探すその時間は流れが緩やかに感じた。

2人で集めた落ち葉を見せあって俺の方が綺麗、私の方が、と小さな争いごとをする時間も温かかった。


帰り際、彼が私に落ち葉をくれた。

「はい、これあげる。真っ黄色でしょ。他の色が入ってなくて自分だけの色で輝いてる。受験って周りと比べたくなるけど、自分を信じるのが1番大事だから。」


私はそれを受け取ると、手で包んだ。

背中を照らしていた夕日に向けて落ち葉をかざす。

落ち葉はさらに輝いた。

上を見上げると、八方美人たちがオレンジ色に染まっていた。


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