見出し画像

言葉が溶ける世界


朝、鳥の綺麗な声で目を覚ました。
あの人が座っているソファに向かって走る。

あの人っていうのは、僕が大好きな咲ちゃんだ。
咲ちゃんは僕の飼い主で小さな頃からの友達でもある。

いたいた。ソファに座ってる。
後ろから驚かしてやろう。
僕は「ワン!」と大きな声で吠えてやった。


咲ちゃんには僕の言葉が届かなかった。
咲ちゃんはまるで僕が見えていないみたいだ。
悲しかった。
仕方が無いのでもう1回寝た。
ちょっとでもいいから僕のことを見て欲しかった。

最近、咲ちゃんには僕の言葉が届かない。
なんでだろうと思ってよく観察した。

僕はあいつらが嫌いだ。
あの、耳に詰まってる細長い塊と、手に収まるくらいの板。

咲ちゃんがそいつらと仲良くしている時、
僕のことは見てくれない。

咲ちゃんが僕と同じくらいの身長の時は
ボールを投げてくれたし、追いかけっこもした。
公園でたくさん遊んだ。

たのしかったな。




今日1番の欠伸が出た。
ストーブの前で体を伸ばす。

私が起きてからすることは毛ずくろい。

そしていつもあの人がご飯をくれる。

今日は見てくれるかな?
そんな思いを持ちながらキッチンへ歩いていく。

おはようの意味も込めてあの人の足にスリスリする。
あの人はこっちを見てくれない。

ご飯が欲しいから「ニャァ」と鳴いてみた。

ちょっとだけこっちを見てくれた。
でもそれだけ。
すぐにご飯が出てきた。

でもあの人がみているのは黒い長方形。

その長方形を見ていない時はたくさん撫でてくれるし、すごく笑顔で話しかけてくれる。

四角が好きなのかな?
私の丸い目は好きじゃない?

あんな四角いやつのどこが可愛いの。
四角いやつに取り憑かれているあの人は好きじゃない。
あんな四角いやつ、世界から消えちゃえばいい。



「おはよう。」

友達に声をかけたけど案の定返ってこなかった。

いつもだ。いつもそうだ。
私はいつものように友達の机をトントンとする。

友達は驚くように顔を上げ、耳につけていたワイヤレスイヤフォンを外し、スマートフォンを伏せた。
「なに?」とでも言いたそうな顔だ。

私はもう一度言う。

「おはよう。」

「あ、おはよう。」

この四文字、たった四文字を伝えたいだけなのに
その言葉は相手の耳に届かず空気に溶ける。

いっそイヤフォンとスマートフォンなんか無くなればいいと思った。
まあ実際、ないと困るのだけれど。



そんな世界になってしまったのがちょっと悲しかったりもする。

明日は言葉が溶けないといいな。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?