軍医さん

だいぶ昔の話。
小学生の頃、ちょっと酷めの擦過傷になった事がある。校庭の隅の水道で傷を洗ったのだけど、繊維が見える位に抉れてしまっていて、保健室に行ったら今日は帰ってキチンとした病院に行く様に言われた。

親父が店を留守にして車で迎えに来てくれたのだけど、病院を手配してくれていた。ちょっと痛いけど早く治るからそこに後で連れて行くとの事だった。
怪我をしただけでも充分痛かったので、痛くないとこは無いのか聞いたところ、痛くない医者は余計しんどいからそこ行っとけ、との事だった。しょうがない。

病院に連れて行かれて、ちょっと仕事やから先に帰るけど先生の言う事聞いときやと言われて親父は帰った。歩いて帰れる距離だしどうって事は無かったんだけど、痛いと言われてたし多少は不安になり、待合の消毒液臭さに辟易としながら待っていた。

受付に座っていた肥った看護婦さんが、今日は貴方で最後だよと話しながら僕の手を握って診察室迄連れて行ってくれた。ちょっと暗めの部屋には小柄な禿げたおじいさんがいた。これがお医者さんか。

先生は足をぐいぐい引っ張ると、傷口にライトを当てて少しだけ見ると無言でガーゼに液体を湿らせ、ピンセットに摘んだそれをぐいぐい傷口に押し付けて僕にとっては気の遠くなる位の時間をかけて拭き、その後めちゃくちゃ沁みる液体をまたぐいぐいと傷口に塗り込んで包帯を巻いた。

かなり泣きそうになっていると、仏頂面でまた明日来なさいと言われた。

受付の看護婦さんは優しく、お金を精算しながら先生すぐ治してくれるからねと言ってくれた。

今までかかった内科の医者とかは優しかったけど、この人怖いなー、と思う心はあったけど、親父に痛かったか?と聞かれて全然!と答える位の強がりは言えた。

それから2週間、土日以外は毎日通った。血が固まって傷口に張り付いてるのに包帯やガーゼをベリベリはがす。予告無く痛い薬を塗る。毎日イヤだったけど、しょうがない。

最後の通院日。無愛想に包帯を外して傷を見られた。痛みは無かった。先生はいつもの仏頂面に薄っすらと笑みを張り付けてもう治ったから大丈夫やでと言って僕に帰る様に促した。受付の看護婦さんは良かったねと言いながら優しい顔で見送ってくれた。

帰り道、自転車を漕ぎながら、良かった治ってもう痛くない。ちょっと晴れ晴れとしていた。夜のネオンが何故かたくさん目に入った。

それから確か2年後位。病院は無くなった。先生が亡くなられたそうだ。親父から、あれは陸軍の軍医さんだったらしいよと聞かされた。

あれから大分経つ。まだ右膝にはケロイドの様な跡が残っている。男だから多少構わない。外科医なんて滅多にかからないけど、軍医って頼れるんだなぁと思う。単純な思い込みかもだけど、そう思わせる治療って大事なんだろなと、膝を見るとぼんやり思う。

(完)

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